第一章 絶望ポケット(非)日常編I
【小学校 校庭】
(小学校の校庭に、俺含め16人が集まった。)
(それはいいとして…あれは何だ?)
「おっすおっす!オメエラ!」
(校庭の中央に白黒のヌイグルミが立っている。どうやら喋るヌイグルミとは、本当のことらしい。)
「おっす、おらモノパンダ。天海クンは初めましてだゾ。」
「天海君、あれだよ。天海君を探してこいってわたしたちに言ったヌイグルミ。」
「はあ…、あれもAIすか?」
「ヌイグルミでもAIでもないゾ!おらはモノパンダであってそれ以上でもそれ以下でもねーゾ!!」
(白黒のヌイグルミが顔を赤くして怒っている。どういう仕組みだ?)
「それで、ここに16人集まったら始まることっていうのは、何なんすか。」
(俺が問いかけると、ヌイグルミは表情を変えて笑った。)
「コロシアイだゾ。」
「……は?」
「オメエラにはコロシアイをしてもらうゾ。さあ、コロシアエ!」
「いや、するわけないでしょ!?」
「コロシアワなきゃ帰れま10。でーじょーぶだ、死んでも生き返らせてやっから。」
(周囲から「ふざけるな」「家に帰せ」と怒声が上がる。)
「でーじょーぶだ、問題ない。」
「100人ヤッてもでーじょーぶ。」
「でーじょーぶ、マイフレンド。」
(ヌイグルミが何か言っているが、みんな聞く耳持たず。口々に声が上がる。)
(ジムリーダーの郷田君がすごい剣幕でヌイグルミに詰め寄った。)
「テメーざけんなよ!?女子供もいるんだぞ!?不穏なこと言ってんじゃねー!!」
「ご、郷田君…落ち着いて!」
(郷田君がモノパンダに摑みかかるのを、白銀さんが制した。そんな時ーー)
「ヤレヤレ、そんな説明じゃみんな納得しないってば。」
(校庭の、よくある朝礼台から声がした。そしてピョーンという擬音と共に現れたのはーー)
「オマエラどうもはじめまして!ボクはモノクマだよ!」
「普段は学園長やってますが、その功績が認められて町長になってしまいました!このモノクマ、町の発展のために身を粉にしてがんばるよ!」
「おっす、相棒!」
「おっすじゃないよ、このポンコツパンダ!略してポンダ!全然生徒諸君をまとめられてないじゃないか!」
「全く、やっぱり笹ばっかり食べてる下等動物はダメだね。」
「モノクマ、又従兄弟の義理の母親のパートナーの連れ子に対してひでーゾ。」
「ぬいぐるみが増えたっすね。」
「もー!ヌイグルミじゃないっすよ!ま、このくだりはもうみんな飽きちゃってるからサクッといきまーす!」
「又従兄弟の義理の母親のパートナーの連れ子の説明不足にお詫びします。」
「ボクから改めて説明すると…オマエラにはコロシアイをやってもらうよ。」
(「さっきと同じじゃないか」というツッコミが何人からか上がった。)
「そのコロシアイってのはどういうもんなんすか。」
(俺がモノクマと名乗るクマに問えば「そんなこと聞くな」という非難の視線が集まった。)
(だが、コロシアイが自分たちの考えるものと一致するものなのか分からなければ、予防策も打てないだろう。)
「この町を出たい人は、この中の誰かを殺してください。そしたら、ここを出られるよ。」
「ちなみに、この町は とある人気ゲームシリーズ10作目の舞台オマージュです!」
(また誰かが怒声を上げた。言い知れぬ緊張感に包まれる中、なぜか白銀さんが「え。ゲームなんだ?」と呟いた。)
「古参を楽しませるサービスだね。今のボク的にはここより清水の町の方がいい気がするけど。」
「さて、話が逸れたけど…コロシアイのメイン、学級裁判について説明するよ!」
「オマエラには、ここでしばらくの共同生活 “コロシアイ課外授業”に参加してもらうよ!」
「そしてオマエラの間で殺人が起こると全メンバー参加の学級裁判が開かれます。」
「学級裁判では、殺人を犯した『クロ』と、その他の生徒の『シロ』が対決することになります。」
「その学級裁判の場で『クロは誰か』を全員で議論し、その後の多数決によって導き出されたクロが正解だった場合は…」
「殺人を犯したクロだけが、おしおきされて、残った他のメンバーで共同生活を続けてもらいます。」
「もし、学級裁判で間違った人物をクロに選んでしまった場合は…罪を逃れたクロだけが生き残って、残ったシロ、全員がおしおきされてしまいます。」
「そして、最後まで生き残ることができた者だけが、ここから卒業できるのです。」
「おしおきはもちろん、命懸けの罰だからね。誰にもバレないような殺し方を発案してね!」
「撲殺?刺殺?絞殺?毒殺?射殺でも殴殺でも焼殺でも溺殺でも轢殺でも爆殺でも斬殺感電殺落殺呪殺圧迫殺出血殺笑殺でも…バレなきゃOK!」
「お好きな殺し方で、お好きな相手を、お好きに殺してくださーい!」
(何を…言ってるんだ。)
(青ざめた顔で言葉を失っている者、顔を赤くして怒声をあげる者、「冗談だろ」と苦笑いする者…)
(三者三様の反応は、次のモノクマの言動によって同じものに塗り替えられた。)
「ああ、ちなみにね。ボクらに危害を加える、器物破損などの”コロシアイ課外授業”の校則違反者もおしおき対象だからね。」
(モノクマがおもむろにレーザー銃のようなものを取り出す。カッと光を放ったその照準には、先程モノパンダに詰め寄った郷田君がいてーー)
「ぐわぎゃぁあぁあああああ!」
(その目の前のモノパンダにレーザーが命中した。パンダは、しばらく耳をつんざく痛々しい悲鳴を上げた後、その場から消えた。いや、消し炭にされた。)
「きゃああああ!」
(白銀さんをはじめ、あちこちで悲鳴が上がる。)
「あのパンダは…仲間じゃなかったんすか。」
「えー?まあ一応こっち側だけど〜、特にボク1人で問題ないからね。」
「あんなCV野沢 雅子なのか矢島 晶子なのかよく分からないパクリ創作キャラは早々に見せしめ要員として消費するに限るよ!」
「一応言っておくと、もう復活することもないからね。大量生産、大量消費、大量リサイクルのシステムにはもう飽きちゃったからね。」
「分かった?誰かを殺してこの町から出るか?永遠にこの閉鎖された町で暮らすか?」
「ゆっくりじっくり、ねっとり考えるがいいよ。うぷぷぷぷ…アーッハッハッハ!」
(吐き捨てて、モノクマは去って行く。)
(残された俺たちはとにかく混乱していて、パニックだった。)
「どういうことだよ?」
「まさか、そんな…本当に?」
「でも、殺しなんて…」
(そんな戸惑う声の中、ひとつ深呼吸が聞こえた。自分には才能はないと言っていた永本君だ。)
「み、みんな、落ち着こうぜ。コロシアイなんて何かの冗談に決まってるんだ。そんなこと起きっこない。町を調べて脱出すればいいだけだろ?」
(まさにその通りだ。が、彼の言葉の正しさを認識するよりパニックが上回っている人たちもいるようだ。)
(数名の「出口はなかった」「鏡の壁を見てないのか」という言葉に、永本君は気圧されて黙ってしまった。)
「…俺は永本君に賛成っす。たとえコロシアイのことが本当だとしても、出口や脱出法をもう一度探してみないと。」
「そ、そうだよね…。うん、みんな、もう一度隅々まで調べてみようよ。」
(白銀さんが声をかけると、みんな散り散りに校庭から出て行った。)
「天海、サンキューな。オレだけの言葉じゃあいつらに届かなかったよ。」
(去り際、永本君が俺にボソリと呟いた。)
「みんな行っちゃったね。天海君、良かったら一緒に調査しない?わたし1人じゃ、何も見つけられなさそうだし。」
(白銀さんがそう言った瞬間、電子パッドからけたたましいアラーム音が響いた。)
「わっ!?何!?」
「電子パッドがーー」
(電子パッドには”コロシアイ”についての説明を含めた校則が映し出された。)
「『コロシアイは最後の2人になるまで続く…。』」
(校則を全て読み上げた白銀さんが青ざめる。)
「大丈夫っすよ、白銀さん。誰も死ぬことになんてさせませんから。」
「天海君、頼もしいんだね。さすが冒険家…修羅場慣れしてるのかな?」
「いやあ、さすがにこんな特殊な状況は初めてっす。」
「そうだよね。うん、戸惑ってるだけじゃダメだよね!わたしも頑張るよ!」
「よろしく頼むっす。」
(俺達は小学校内から始まり、小学校周辺、通行止めの看板や鉄格子、鏡の壁などを調べた。)
(けれど、出口に繋がるようなものは何1つ見つけられなかった。)
(空が橙色に染まる中、また校庭に16人が集まった。)
(みんな顔に疲労が色濃く表れている。どうやら、誰も出口や脱出法を見つけられなかったようだ。)
「あのさ…さっきパッド見たら、わたしたちの“家”が決まってるみたいなんだ。」
(白銀さんが電子パッドをみんなに見せると、翻訳家の山門さんが頷いた。)
「今日はみなさん疲れたでしょう。それぞれの家が宿舎になっていましたから、今日は休んで また明日調査しませんか?」
(彼女の言葉にみんな賛同し、電子パッドを見ながらまた散っていった。)
(俺も電子パッドを確認しようとして、違うところを操作したらしい。白銀さんの写真がスクリーンに現れた。)
「あれ?」
「あ、ここにいる人のプロフィール?そんなページもあるんだね。」
「…って、身長体重その他色々書いてあるね!?プライバシーの侵害 はなはだしいよ…。」
「…白銀さん、やっぱり身長高いんすね。」
「まあね。地味に高いってよく言われるよ。」
(地味か…?)
「普通に男の子たちとあんまり変わらないからね。あ、哀染君と同じ身長だ。アイドル男子と同じ身長って地味にテンション上がるね。」
「女の子も身長が高いのが嬉しいもんなんすね。」
「うーん、身長高いのやだって子もいるだろうけど、わたしは割と嬉しいんだよね。コスプレの幅が広がるし!」
「白銀さんは、身長が高い割に体重が軽すぎないっすか?」
「うわあ!体重は見ない約束だよ!」
「……て、あれ?うん…まあ、シンデレラ体重で記載してくれてる感あるからいいか。そんなことより、天海君の家はどこなの?」
「えーと…“野比家”だそうっす。哀染君も同じっすね。」
「そうなんだ。わたしは“源家”に1人だって。天海君たちの家の近くだよ。」
「……哀染君の苗字、”哀しいの哀”なんすね。”愛するの愛”かと思ってたっす。」
「えぇと…何笠博士かな…?」
(そんなことを話しながら、夕暮れの町中を並んで歩いた。こうしていると異常な事態を一瞬忘れそうになるが、胸騒ぎが治らない。)
(”コロシアイ”なんて起こるはずがない。確かにそうだが、俺は色んな国の色んな人々を見てきた。)
(人 1人の命に大きな意味を見出せない民族や政府…国だってある。)
(何が起こるか分からない。そんな不安を胸に、白銀さんと別れて家を目指した。)
【東エリア “野比家”】
(家に入ると、廊下を挟んでドアが2つ。ドットの顔写真プレートを見るに、向かって右が俺の部屋。向かいが哀染君の部屋なんだろう。)
(一軒家のようなつくりだが、中は部屋2つとシャワールームやトイレが併設された簡素なものだった。)
(…哀染君はもう部屋にいるのだろうか。)
(話をしようかとも思ったが、疲れもあったせいか、足は自室へ真っ直ぐ向かった。)
(部屋の中は畳に覆われた、棚と机に押し入れだけのシンプルなものだった。けれど、町中と同じく異様な存在感を放つモニターとカメラが不気味だ。)
(本棚には旅行雑誌や登山の道具、バックパックなどが並べられている。)
(何だコレ…。ここでこんなものは何の役にも立たない。)
(押し入れを開けると今 自分が着ている制服と同じものが何着かと、布団が入っていた。)
(布団を敷いて身を横たえると、自然と瞼が落ちた。)
『キーン、コーン…カーン、コーン』
(よく聞くチャイムの音で目を覚ます。部屋の中のモニターにモノクマが現れ、朝の時刻を告げた。)
(眠りが浅かったが、これくらいは慣れっこだ。身支度をして部屋のドアを開ける。)
「おはよう、蘭太郎クン。よく眠れたかい?」
(同時にドアから顔を出した俺と哀染君。哀染君は爽やかな笑顔で挨拶をくれた。)
「よく…ではないっすが、それなりに疲れは取れたっすね。」
「そっか、良かった。昨日の探索で小学校の給食室を見つけたでしょ?そこで一緒に朝ごはんを食べないかい?」
(ニコリと笑う哀染君。俺も少し口の端を上げて頷いた。ところで…)
「あ〜ま〜み〜君、あ〜いぞ〜め君、あ〜そび〜ましょ〜!」
(白銀さんの声が外から聞こえ、哀染君と共に家の外に出た。)
「おはよう、2人とも。」
「白銀さん…おはようございます。…何すか、今の。」
「ご、ごめん…こんな時に。でもどうしても『昭和の小学生っぽい誘い文句』言ってみたかったんだ…。」
「構わないよ、つむぎ。こんな時だからこそ、いつもの気持ちに正直でいることも大切さ。」
「えっ…じゃ、じゃあ明日は『野球しようぜ!』って呼びに来るよ!ちなみに、どっちが押入れで寝たの?」
「……俺たちそれぞれの部屋があったっすよ。白銀さん、俺たち小学校の給食室に行くつもりなんすけど、一緒にどうっすか?」
「あ、そうそう。ご飯はみんなで食べようって郷田君が言ってたから2人も呼びに来たんだよ。」
「郷田君が?」
「『こんな辛気クセェ空気でボッチ飯なんてしてたら精神がイカれちまう!他のヤツら呼んでみんなでメシ食うぞコノヤロー!』だって。」
「……似てるっすね。さすが”超高校級のコスプレイヤー”っす。」
「……天海君、コスプレとモノマネは違うんだよ。わたし、フィクション以外のコスプレするとアレルギー出るから…そういうこと言わないでね…。」
「えっ?す、すみません…?」
「うう…コスプレしてないのに、急に喉がイガイガしてきたよ…。」
「つむぎ、大丈夫かい?給食室なら飲み物もあるだろうし、2人とも早く行こうよ。」
(3人で学校への道を行く。その間に数名と会い、話をしながら給食室を目指した。)
【小学校1階 給食室】
(俺たちが到着したことで、給食室に全員が集まる形となった。俺たちが入った時、美化委員の松井君は誰に話すでもなく静かに演説していた。)
「僕は常々思ってたんだよ。給食室から教室まで食品を運ぶ間に、給食はホコリや塵をかぶり放題汚れ放題。」
「最も衛生的なのは、給食室でサッと食べてサッと帰ることだとね。」
(確かに、この給食室は俺たちの知っている小学校の給食室とは異なる。)
(キッチンの外にイートスペースがあり、そのテーブルには温かい朝食が用意されていた。)
(それを見て、セーラー帽を被り直した佐藤君が不安げに言った。)
「毒とか…入ってないのかな…。」
「んなもん食やー分かんだろ。」
(郷田君が止める間もなく、皿の料理に口を付ける。)
「いや、普通に美味いぞ。テメーらもさっさと食いやがれ!」
「全く、毒なんて盛らないよ。失礼な。」
「きゃあ!?」
「うぷぷ、いい反応だね!首すじ触られると声が出ちゃうタイプと見た!」
「な、何で首すじのこと知って…!?ーーじゃなくて!」
「……何の用すか。」
「冷たいな〜。せっかく食事や飲料水など生活に必要なものは安全だって伝えに来てあげたのに。」
「無駄にみんなの心配を煽らないでよね。」
「ぼ、僕はそんなつもりじゃ…」
「ボクが用意したものは100%安全だよ。まあ、ボクが用意したものに誰かが毒を盛っていないとは言い切れないけどね。」
「あ、そうそう。もし毒が必要な人はリクエストしてくれてもいいからね!先着1名様にプレゼントしてやらなくもないよ!」
(モノクマは不穏な言葉を残して消える。)
(その後、俺たちは恐る恐る朝食をとり、再び調査に向かった。)
(さて、今日は小学校校内をもう一度調査しよう。昨日見なかった校庭の体育倉庫も見ておきたいな。)
【小学校3階 5年3組教室】
(小学校の1教室をくまなく調べたが、目ぼしいものは見つからない。他の場所へ向かおうとしたところで、声がかかった。)
「天海お兄ちゃんもシコシコここを調べてたんだね。」
(昨日と同じく小柄な体に到底合わない、ぶかぶかのパーカーを着た妹尾さんが教室の入り口に立っていた。)
「妹尾さん。何か見つかったすか?」
「んーん、ごめんね、何も見つかってないの。」
「いや、謝らなくてもいいっすよ。 俺も同じっす。」
「そっか…。早く家に帰りたいなあ。」
「妹尾さん、服はそれしかないんすか?サイズが合ってないみたいっすけど…。」
「やだな、ちゃんと着替えてるよ?あたしの部屋にモリモリたくさん同じものがあったの。」
(妹尾さんが丈が余りすぎている袖をブラブラさせる。)
「なるほど、俺も同じっす。同じ制服が部屋にたくさん用意されてたっす。」
「後はバックパックやら登山道具やらがあったっすね。」
「そうなんだー。あたしの部屋には詩集とかノートとかがいっぱいあったよ。」
(それぞれの才能に合わせたものが用意されてるのか…?)
「でも、不思議なんだよね。このパーカー、あたしのお兄ちゃんのなのに。」
「そうなんすか。妹尾さんはお兄ちゃんがいるんすね。」
「うん、全国各地にウジャウジャいるよ!今は47人くらい!」
「……。俺も妹が多いんすよ。ほとんどが血は繋がってないっすけど。」
「血の繋がりなんて関係ないよ。大事なのは心の繋がりでしょ?」
(彼女はニッコリ笑った。その笑顔が一瞬、妹の1人と重なる。妹たちの中でも臆病で寂しがり屋な子に。…どこかで、泣いているかもしれない。)
「お兄ちゃん?」
「…大丈夫っすよ。妹尾さんの言う通りっすね。キミはすごいっす。」
「えへへ、あたしたち、絶対一緒に町から出ようね。ね、次はこっちの教室見ようよ。」
(妹尾さんのパーカーに隠れた両手が俺の左腕を挟んで引っ張り、促す。)
(思い出される、妹と並び歩いた日々。久しぶりに感じた体温に目を細め、歩を進めた。)
【小学校3階 図書室】
(2人で教室を出た俺たちは、隣の扉を開けた。その瞬間に本の香りが鼻腔をくすぐる。)
「ここは図書室っすね。」
「あ…天海さん、妹尾さん。」
(図書室の本棚を調べていた佐藤君が、こちらに振り返った。パッと妹尾さんが俺の手を離す。)
「…天海さん…白銀さんと一緒じゃなかったんだね。」
「白銀さんは哀染君と一緒っすよ。佐藤君、収穫はあったっすか?」
「ご、ごめんね…何も見つからなかったよ。」
「いや、謝ることはないっすよ。」
「う、うん。あ、でも…ここの図書室、学術的なものが多いみたいだよ。小学校のものとは思えない専門的な本もいっぱいあるんだ。」
「……まるで、小学生のためじゃなくて…僕らのための図書室、みたいだよ。」
「なるほど。」
(確かに、小学生の読みそうな児童図書は本棚にない。分厚い専門書や洋書などもある。俺のいた小学校にはこんなものがあっただろうか?)
(思い出そうとした瞬間、チクリと頭に痛みが走った。)
「どうしたの?」
「…何でもないっす。」
(何でだ?自分の小学校のことを上手く思い出せない。)
(図書室という場所の空気のせいか?何となく、図書室に来たことを後悔した。その時。)
「ここにいなすったか!天海のダンナぁ!ちとあっしに力を貸しておくれじゃないかね!?」
(図書室の扉が開き、現われた黒づくめの人物…の胸元でAIのアイコさんが時代劇風にまくし立てた。)
(返事をする間もなく、黒いコートから伸びた手に掴まれて引っ張られた。)
「え?アイコさん、ちょっと?」
「へへっダンナぁ!いい娘がいるんでさぁ、黙ってついてきなせぇな。」
(されるがまま、彼女の背を追う形で小学校を出た。)
【町 南エリア 鏡の壁前】
「あ、アイコさん。天海君を連れて来てくれたんだね。」
(アイコさんに連れて来られたのは、昨日 白銀さんと見つけた鏡の壁の前だ。白銀さんにアイドルの哀染君、翻訳家の山門さんがそこにいた。)
「天海くん、ご足労いただきありがとうございます。白銀さんが鏡に継ぎ目を見つけたんです。」
「継ぎ目…っすか?」
「うん、普通こんな大きな鏡を作るってできないよね?鏡をたくさん繋げることはできるけど…。」
「それでよく見てたら、ここ…光の加減によってはかなり分かりにくいけど、継ぎ目があったんだ。」
(白銀さんが指差す先には、確かに目を凝らせばやっと捉えられるような筋が見えた。その線はちょうどドアのような形と大きさだ。)
「他は一切継ぎ目はないんだけれど、ここだけはドアみたいだよね?分かりにくい関係者入り口みたいだと思ってね。」
「わたしたちが入って来たからには出入口があるはずですが、まだそれらしいものは見つかっていません。」
「これは、その出入口ではないでしょうか。ドアノブは見当たりませんが…。」
「それはすごい発見っすね。」
(俺はドアと思しき部分を押した。…が、ビクともしなかった。)
「全然動かないんだよね…。ドア…じゃないのかな…。」
「電気で動作するタイプのドアなのかもしれないね。」
「この私の優秀なAIによって、”超高校級の冒険家”である天海さんなら何か分かるのではないかと分析し、連れて来た次第ですわ。」
「…残念ながら、お役に立てなかったみたいっすね。」
「そ、そんなことないよ!むしろごめんね、急に呼び出して。」
(申し訳なさそうなみんなと一旦別れて、俺はまた小学校へ向かった。)
△back
【小学校 校庭】
(校庭の一角に誰かがいる。近づいてみると、体育倉庫の前で柔術家の前谷君に大声を浴びせられた。)
「あ!!天海先輩!!!何か見つかりましたか!??”超高校級の冒険家”の先輩ならこんな町からの脱出も朝飯前ですよね!!」
(2つの意味で耳が痛い。)
「残念ながら…。そちらは何か見つかったっすか?」
「はい!!体育倉庫の中を見てください!!!」
(言葉に従い倉庫の中を覗き込むと、中にジムリーダーの郷田君と大道芸人のぽぴぃ君がいた。)
「2人とも、何見てるんすか?手がかりがありましたか?」
「ああ、緑頭か。いや、脱出に関するもんは何もねーよ。」
「それよりも、物騒なもの、盛り沢山。これらは封じ、隠し、消えますように。」
(2人が見下ろす先は、重量のある鉄製バッドや砲丸、ボーリングのボールなどの鈍器。手錠や鎖などの拘束具。その他、ボーガンや弓矢…。)
「およそ小学生の体育では使えないものばかり並んでいた。)
「ざけやがって…。この物置は誰も入れねぇように鍵をかける。」
「んでもって鍵は川へポチャン!犯罪を完全に防ぎ、これぞまさに完全防犯!」
「そんなことしなくても、誰もコロシアイなんてしませんよ!」
「うるせぇデカブツ!それでも念のためにしとくんだよ!!緑頭、テメーも手伝え。」
「分かったっす。」
(彼らを手伝って倉庫全体に鎖を掛け、数個の手錠で繋ぐ。男数人でも施錠するのに時間がかかり、思い鎖を運ぶのに汗だくになった。)
(手錠の鍵を捨ててしまえば、この倉庫を開けることはもう無理だろう。)
「ピエロ、デカブツ!鍵を捨てに行くぞ!!」
「えぇ…?郷田先輩が1人で行けばいいじゃないですか…。」
「うるせぇ!1人で行ってそいつが鍵を捨てなかったら意味ねーだろうが!」
「ぽぴぃはね。ピエロじゃないよ、大道芸人だよ。そこはよろしく、まちがえないで。」
(ブツブツ文句を言う前谷君とぽぴぃ君を引っ張り、郷田君は行ってしまった…。)
△back
【小学校 中庭】
(外に出たついでに、昨日調べなかった中庭を調べよう。)
(正門からグルリと回り込んだ所に、中庭がある。)
(中庭から校舎に繋がる小さなドアもある。小学校の門は正門のみだが、正門近くの正面玄関からでなくても校舎内に入ることができるようだ。)
(…ん?フェンスに穴が空いている…。)
(庭を囲うフェンスに大きめの穴が空いていた。遅刻した小学生がここから出入りしていたのかもしれない。)
(まあ、高校生では通れないだろうな。)
(グルリと辺りを見回すと、今時珍しく焼却炉が置かれているのが目に入った。焼却炉の中は特に何もない。しばらく使われていないのだろう。)
(さて、どうしようか。)
【小学校3階 図書室】
(妹尾さんと佐藤君はまだいるだろうか。)
(図書室はシンと静まり返っていて、誰もいない。1人で調べるかと中に入ったところで、背後から声をかけられた。)
「天海さん、戻ってたんだね。ちょっと見てほしいものがあるんだ。」
(佐藤君が申し訳なさそうに手招きする。)
(佐藤君に連れられて歩を進める。)
「どこへ行くんすか?」
「えっとね、音楽室に来てほしいんだ…。」
▼音楽室へ
【小学校4階 音楽室】
(音楽室と思しき教室は小学校の最上階にあった。大きなグランドピアノが置かれ、壁の至る所に有名な音楽家の肖像がかけられていた。)
(教室内には、佐藤君と妹尾さん、歌姫の夕神音さん、美化委員の松井君、マフィアのローズさんの姿があった。)
「アマミ、来たンデスネ。」
「お兄ちゃん、戻って来たんだね。」
「みなさん、何か見つかったんすか?」
「天海君、これを見たまえ。」
(松井君が手にしているのは、先ほど倉庫で見た砲丸だ。受け取るとズッシリとした重さが手に伝わった。)
「教室をくまなくチェックしていれば、棚の中にこんなものがあるじゃないか。音楽教室に砲丸とはミスマッチ甚だしいね。」
「どうしてこんなものがあるのかしらぁ、と考えていたところなの。」
「これは…校庭の倉庫にあった砲丸と同じっすね。」
「え?」
「何で、それがこんなところに?わざわざ4階まで運んだの?」
「音楽家か誰かがこの教室で砲丸を使い、そのままにしたんだろう。けしからん。」
「このクニの音楽家、砲丸使いマス?クレイジーですネ!」
「いや、音楽家が砲丸を使うことなんてないでしょう…。というか、昨日白銀さんとここを調べた時は砲丸なんてなかったっすよ。」
(俺が言った瞬間、佐藤君が青ざめた。)
「それって…誰かが夜の間にここに砲丸を移動させたってこと…?それって…コロシアイに乗ろうとしてる人、の仕業…?」
(みんなが息を呑む。誰かが鈍器を教室内に隠し、後日使おうとしていた…そんな想像が容易くできたからだろう。)
「いや、そうとは限らないっす。」
「そうねぇ、あの変なクマが仕込んだのかもしれないわ。」
「そう、だよね…?いくら殺しをしなきゃこの町から出られないなんて言われても…こ、殺しなんてする人いないよね。」
「コロシアイない、このクニ安全デス。」
「当然だ。殺しをするくらいなら出られなくてもかまわん。」
「いや、コロシアイなんて起こさないで脱出するっす。色んな才能と経験を持った人間が16人もいるんすから、不可能なことじゃないっすよ。」
「そう…そうだよね!絶対一緒にここから出ようね!蘭太郎お兄ちゃん!」
「そうねぇ。調査を続けましょう。」
(その後も俺は校内と町の調査を続けたが、脱出に繋がるような手がかりはなかった。)
(全員が手がかりなしの報告と共に夕食をとり、解散した。)
【東エリア “野比家”】
(何なんだ、ここは。町には俺たちしかいないし、町の作りもめちゃくちゃだ。まるで俺たちを“閉じ込めるためだけに作られた”ようだ。)
(まさか、本当に人を殺さないと出られないのか…?)
(………そんなの…ダメに決まってる。)
(早く脱出法を見つけて、妹たちを探しに行かないと…。)
(妹たちの顔を1人ずつ思い浮かべているうちに、いつしか俺は微睡んでいた…。)