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第二章 少年よ、殺意を抱け(非)日常編Ⅱ

 

…………

……

(体があちこち痛い。まぶたが重い。コンタクトのせいで目がシパシパする。)

 

(ゆっくり顔を上げる。視界は霞むが寝不足による頭の奥の痛みはなくなっていた。)

 

「……。」

 

(そうだ…あれからどうしたんだ?)

 

(覚醒してきた頭と共に、霞んでいた視界もクリアになってきた。そして、確認した。)

 

(レストランの机に倒れ伏した、みんなを。)

 

「みんな…!」

 

(そんな、そんな。まさかコロシアイがまた…?)

 

 

「うう…。」

 

「天海君!!!」

 

(呻く彼に駆け寄ると、彼は目を開けた。…良かった。生きてる。)

 

「ここ、は…。はは、どうやら寝てたみたいっすね…。」

 

「え?寝て…?」

 

(周囲をもう一度見回せば、寝息を立てている人、寝ぼけ眼で起き上がる人たちが確認できた。)

 

「ああ、何だ…。びっくりした。」

 

「えーと、もう朝っすね。朝のアナウンス、あったっすか?」

 

「いや、寝てたから分からないや…。」

 

「昨日の昼から朝まで寝てしまった。…集団でこれは異常なことかもしれねーっす。」

 

「え…?ま、まさか、誰かが食事に睡眠薬を入れた…とか?」

 

「そうっすね。それかーー」

 

「ふあぁ〜〜。よく寝たわぁ。」

 

(レストラン前方で起き上がり、のんびりとした声を出した彼女は、次いでこんなことを言った。)

 

「良かった、みんなもよく眠れたようねぇ。」

 

「夕神音さん…こ、これって、どういうこと?」

 

「わたしたちを故意に眠らせた…ということですか?」

 

「何したンデスカ?」

 

(他に起きた人たちからも困惑の声が上がる中、彼女は続けた。)

 

「だってぇ、みんな寝不足みたいだったもの。子守唄でゆっくり眠ってもらおうと思ってねぇ…。」

 

「子守唄…?」

 

「ええ。私の子守唄は猫も杓子も眠らせることができるのよぉ。」

 

「機会仕掛けのこんな私も眠ってしまいましたぁ!」

 

「子守唄であんな急激に眠くなるなんてことあんのか?」

 

「奇々怪界。…あ。今 何時!?」

 

「8時半過ぎだが…。」

 

「大変大変ギリギリセーフ!」

 

(ぽぴぃ君がショーで使っていた刃物を両手に抱えてレストラン奥のキッチンへ消えて行く。)

 

(どうしたんだろう…。)

 

 

「それにしても、さすが”超高校級の歌姫”って感じだね!どうせなら布団で歌ってもらいたかったよー。」

 

「ね、ねえ…ど、どうしよう…。」

 

「な、何だよ!?」

 

「だって…校則に『就寝の際は、部屋で休んでください』ってあったんだよ…。僕ら…全員校則違反じゃ…。」

 

(みんなが一瞬で青ざめる。脳裏にあの”おしおき”がよぎったそんな中。)

 

「コラー!オマエラ!!一体何したんだー!?」

 

「っ!モノクマ!」

 

「何かイタズラしただろー!?おかげで昨日の夜も今朝もアナウンス流せなかったじゃないかー!」

 

「え?」

 

「全く!今後は変なことはしないでよねー!」

 

(モノクマはプリプリ怒りながら消えた。)

 

「校則違反…じゃないんでしょうか?」

 

「忘れてんじゃねーか?」

 

「まさか…モノクマも寝てた、とかじゃないよね…。あはは。」

 

「まっさかー!モノクマってただのロボでしょ?ロボが睡眠とかないっしょー?」

 

「祝里たん、ロボだって充電中とかスリープモードとか色々あるんだぞ、プチプチしちゃうぞ☆」

 

「え?あ。ごめん。」

 

 

「フー良かった良かった危ない危ない。」

 

(ぽぴぃ君が戻って来た。手に持っていた刃物は消えている。)

 

「どうしたんだよ、慌てて…」

 

「あ、そうそう。言い忘れてたけど…。」

 

「…!」

 

(また出た!)

 

「オマエラ、後で自分の部屋でモノパッドを確認してね。スペシャルなアップデートを施したんだ。」

 

「何だよアップデートって!?」

 

「新しくオマエラの“動機”が見られるようにしたのさ!」

 

「動機…。」

 

「それって…前の殺人が起きた原因じゃ…。」

 

「ざけんなよテメー!?ンなもん見てたまっかよ!!」

 

「見たくないならせいぜい好奇心に抗っておけばいいさ!どうせ見ちゃうと思うけどね!」

 

「どういうことかね?」

 

「今回の動機には、“オマエラの記憶”が隠されているからね!」

 

「記憶…?」

 

「もしかして…ここに来るまでの経緯ですか?」

 

「それは自分で確認してね!あ、オマエラの記憶についてだけど、オマエラの“クラスメイト”以外と共有するのは禁止だからね!」

 

「クラスメイト?」

 

「禁止も何も、ここにいるのはボクら14人だけ。クラスメイト皆無。」

 

「はいはい、ではでは、朝食食べたらとっとと部屋に戻ってね。」

 

「は〜あ、全く…。せっかく朝のアナウンスで素敵に動機発表しようと思ってたのにさぁ。」

 

(モノクマはブツブツ言いながら去って行った。)

 

 

 

【中央エリア 宿屋2階】

 

(あの後、みんな戸惑いながら朝食を終え、自室に戻った。)

 

(「動機は見ない方が良い」という意見もあったが「ここに来た記憶が戻れば脱出に繋がる」という意見が勝った。)

 

(携帯していたモノパッドを開き、画面を確認する。と、見たことのないページが開かれた。)

 

(それは、写真フォルダだった。20枚ほどの写真。写っているのは、自分と見知らぬ高校生らしき人たち。)

 

(自分と親しげに写真に写っているが…見覚えのない顔ばかりだ。)

 

(最後の1枚を開くーーその瞬間、頭の中に膨大な情報が入り込んできた。)

 

(クラスメイトの名前・顔・声。彼らと笑い合った思い出。断片的だけど、これは確かに“記憶”だ。)

 

(記憶の中には、ここ数日で見慣れた顔もあった。最後の1枚に自分と2人で写る人物…彼は、ここで一緒に閉じ込められている。)

 

(何で…何で、彼とクラスメイトだったことを忘れてたんだろう?)

 

(何で、大事なクラスメイトたちを忘れてたんだろう?)

 

(頭がぐちゃぐちゃに混乱してる。頭が痛い。)

 

(みんなは…彼は…記憶を思い出したのかな…?)

 

 

(ふらつく足取りで部屋を出た。隣の2部屋のドアも開いたところだった。)

 

「お、おぉ…哀染。お前も見たか?何なんだよ…コレ…。オレのクラスメイトがーー」

 

「永本クン!情報共有はクラスメイト以外禁止だったはずだよ!」

 

「お、おぉ。そうだったな。」

 

 

 

【中央エリア 宿屋1階】

 

(しばらくレストランの椅子に掛けていると、他の宿舎からみんなも戻って来た。)

 

(全員顔色が悪い。数名は頭痛を訴えていた。)

 

「クソ…ッ何なんだよ、こりゃあ!」

 

「これ、クラスメイト以外と共有するのは ルール違反…なんだよね。」

 

「そうでしたね。とにかく、クラスメイトがこの中にいてもいなくても、今は言わないようにしましょう。」

 

「問題は、これらの記憶を僕らがどうして忘れていたのかということだね。」

 

「忘れてたのは ここに来るまでの記憶だけじゃないってことよねぇ。」

 

「”超高校級”の記憶はあるのに…高校の記憶がなかった…。」

 

「しかも…”記憶がない”ことにすら気付かなかったんだよね。……これって、おかしいよ。」

 

(しばらくの沈黙。考え込む人、困惑する人、三者三様に黙り込んでいる。そんな中、口を開いたのはーー)

 

 

「ね、ねえ、これって考えてたら答えが出ること?」

 

「少なくとも自分には難しすぎます。」

 

「……そうですね。今は考えるより行動しましょう。」

 

「ヤマト先生のイウ通り!足でカセゲ!です!」

 

(そんな話をして、それぞれレストランを後にした。)

 

 

「蘭太郎君、ちょっといい?」

 

「…哀染君。何すか?」

 

「調査するなら、ぼくも付いて行ってもいいかな?…ぼくが1人で見ていても大した発見ができないからさ。」

 

「ああ…。はい。いいっすよ。」

 

(彼は昨日と同じ曖昧な笑顔を見せた。けれど、その顔色は昨日と比べれば良くなっている。)

 

(子守唄でよく眠ったからかな。…何にしても、良かった。)

 

(さて…昨日の分まで調べないとな…。まずはどこに行こうか。)

 

 

 レストランキッチンを見ておこう

 図書館を覗いてみよう

 広場に行こう

 鍛冶屋に行こう

全部見たね

 

 

 

【宿屋1階 キッチン】

 

(レストランの奥は厨房になっている。壁にさまざまな調理器具が掛けられていた。)

 

「前の調理室と違って、調理に関係ないものはないみたいっすね。」

 

(確かに、調理用のものだけが並んでいる。昨日のショーで目にした包丁やナイフなども元に戻されていた。)

 

 

「ここに備品のチェックリストがあるっすね。なくなった物があれば、ここで確認できそうっす。」

 

(調理室の入り口に貼られているのは調理室の注意事項だ。『備品は必ず20時間以内に戻すこと』という文言の下に、備品がいくつあるか書かれている。)

 

「ああ、ぽぴぃ君が慌ててたのはこの20時間以内のルールがあったからっすね。」

 

(貼り紙の下にはさらに『調理室は夜時間 封鎖します』とあった。夜時間にお腹が減らないようにしないと…。)

 

「あれ?これ何かな?」

 

(ふと、壁に掛けられた鉄の串が目に入った。たこ焼きを返す道具かな?)

 

「あれはシュラスコ用の鉄串っすね。」

 

「シュラスコ?」

 

「南米の肉料理っすよ。その串に肉を刺して食べるんす。」

 

「さすが…詳しいんだね。」

 

(鉄串をはじめ、珍しい調理器具も多い。もし”超高校級の料理人”とかがいれば、喜ぶだろうな。)

 

「手掛かりはなかったっすが、凶器の持ち出しをそこまで心配しなくて良さそうっすね。」

 

「うん、物騒な物もそれほどなくて良かったよ…。」

 

 

「あらぁ、2人とも。」

 

「夕神音さん。」

 

「美久もここの探索?」

 

「いいえぇ。モノパッド見てから頭痛がひどくて…ハーブティーでも頂こうと思ったのよ。」

 

「大丈夫?病院で薬をもらって来た方がいいんじゃない?」

 

「ありがとう。でもいいわぁ。薬って苦手なのよ。」

 

「そっか…。無理しないでね。」

 

「えぇ。ありがとう。」

 

(彼女はのんびりした様子でお茶を淹れ、キッチンから出て行った。)

 

「俺たちも移動しましょうか。」

 

 

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【北エリア 図書館】

 

「小さい図書館っすね。」

 

「そうだね。」

 

(図書館…か。どうしても、前回の事件を思い出してしまう…。)

 

(中に入ると、本の匂いに迎えられた。壁一面の本棚は本で埋め尽くされている。)

 

(その中に、本棚前の席について何かを書いている意外な姿を見つけた。)

 

「あ?緑頭にチャラ男じゃねーか。」

 

(チャ…チャラ男…?)

 

「や、やあ、毅君、本が好きなんだね?」

 

「いや、普段はほぼ本なんて読まねーよ。ちと調べモンしただけだ。オレは自分の仕事以外のことをほぼ知らねーからな。」

 

(意外と真面目なんだ…。)

 

(彼の手元にはノートがある。そこに書き付けられた文字を見た。)

 

(”next stage”や”fan service” “update”など、最近聞いた覚えのある単語と、その下にそれらの和訳が書かれていた。)

 

(……英語が かなり苦手らしい。)

 

 

「テメーらも、あのモノパッドの動機…見たんだよな。」

 

「……全員、見たでしょうね。」

 

「そうかよ。けど、あんなモンが殺人の動機とはな。」

 

「そうだね。動機になるとは思えないけど…。」

 

「……そう、だな。」

 

(…何だろう。彼にしては歯切れが悪い。)

 

「……郷田君、何かあるんすか?」

 

「あ?何もねーよ。」

 

「毅君?」

 

「うるせーな、何もねー!オレはただ…誰も信じられねーだけだ。」

 

「え?」

 

「記憶が消されるとかワケ分かんねぇ……オレは…オレ自身を信じてもいいのかも分かんねぇ…。」

 

「……。」

 

(呟くように言った彼は、黙り込んでしまった。こちらから何かを言っても、もう答えてくれなかった。)

 

 

(図書館の2階は、専門的な資料が多く見られた。)

 

「あ。らんたろーとレイだ。」

 

「祝里さん、調べ物っすか?」

 

「んーてか、おまじないの本ないか調べてたんだー。」

 

「えーと、あったの?」

 

「ナイナイ!牧場経営とかの本ばっかりだったよー。」

 

「それは残念だったね。」

 

「ま、おまじないの知識は頭に入ってるからいいんだけどさー。」

 

「ずっと気になってたんだけど…おまじないってどんなことするの?」

 

「え?レイ、興味ある?いいよいいよ!じゃ、教えてあげる!」

 

「あたしの場合、まず『この人におまじないしてください』って依頼が来るんだよね!」

 

「それで、その人の顔と名前を覚えて、午前2時にその人の私物を入れた人形に五寸釘を打つんだよ!」

 

「……。」

 

「……。」

 

「こんな状況だし、みんなにもおまじないしてあげたいけど、ここ釘とかないんだよねー。」

 

(それは、お まじな いじゃなくて、 のろ いだよ!)

 

 

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【中央エリア 広場】

 

(宿屋からすぐの広場に、小柄な人影が2つ並んでいる。)

 

「佐藤君と、ぽぴぃ君っすね。」

 

「2人とも、何してるの?」

 

「うん…ぽぴぃさんが頭 痛いって言ってて…。病院に行けば薬があるかもって話してたんだけど…。」

 

「ノンノンノンノン!ノンアルコール!ボクは病院大嫌い。絶対行かない、これ信条。」

 

「そうなんだ…。じゃあぼくらが持ってこようか?」

 

「ありがとう、オリゴ糖。でも重症じゃない、大丈夫。突然の記憶が頭痛の原因。」

 

「そうなんだ。でも、もしひどくなったら早めに言ってね。」

 

「そ、そうだね…。ただでさえこんな状況なんだし…。体調不良を我慢してるのは良くないよ。」

 

「そういえば…ここみ君は才能の記憶を思い出したりした?」

 

「……ごめん。高校生活の記憶を見ても、自分の才能については、全然で…元々才能なんてなかったのかも…。」

 

「そうかなぁ、何となく…すごい才能ありそうだけど…。」

 

(前回の事件で、何となく“事件慣れ”してる気がしたし…。)

 

「そんなことないよ。みんなと比べたら…僕なんて…。」

 

(弱々しい声を出す彼をみんなで元気付けた。)

 

 

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【南エリア 鍛冶屋】

 

(鍛冶屋の家の中には、農具が並べられている他、壁に剣や刀など物騒な刃物も掛けられていた。)

 

(炉やかまどもあるが、新品のようにきれいだ。)

 

「おう、天海に哀染。」

 

「君たちもこの完璧に掃除された鍛冶場を見に来たのだね。」

 

「いやいや、2人で午後のデートだろ?お熱いねぇ!」

 

「……。」

 

「冗談でも やめてよ…。何を見てたの?」

 

「ああ。昨日オレのクワが壊れてるって話したろ?それ見せたらアイコがここならあるはずだって言ってさ。引っ張って来られたんだよ。」

 

「なかったけどねー!」

 

「だから言っただろう。僕は一昨日も昨日もここを隅々まで掃除したのだよ。クワがなかったことは確認済みだ。しかし、何かが変わっているね。」

 

「変わってる?」

 

「ああ。厳密に言えば、昨日の朝と昨日の昼で既に何かが違っていた。何か…なくなっているんだ。」

 

「それって…。」

 

(誰かが凶器を持ち出して隠した…とかじゃないよね?)

 

 

「全く、それにしても永本君も不運だよね。モノクマから渡されたクワが不良品だったなんて。」

 

「そんなに簡単に壊れたの?」

 

「ああ。一昨日 部屋で確認してたら触っただけで柄が折れたんだ。まあ、これから畑を耕すことなんてねーからいいけど……ねーよな?」

 

「どうやっているかは分からないが、食事はいつの間にか用意されているから自給自足にはならないだろう。」

 

「そうさねぇ。食事のシステムが未だナゾすぎんのさ。ウチら宿屋にいるじゃん?何の物音もなく、いつの間にか用意されてんの。ホラーすぎねぇ?」

 

「お前やモノクマみたいなロボが普通に存在してるのもそうだけど…ナゾしかねーよな。」

 

「圭ちゃん!アイコとモノクマを一緒にしないでほしいんすけど!」

 

(2人の言い合いが始まったのを見てそっとその場を後にした…。)

 

 

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【南エリア 牧場】

 

(あちこち回っている間に、日が落ちかけていた。牧歌的な雰囲気が橙色に染まっていく。)

 

「特に発見はなかったっすね。」

 

「そうだね。でも、まだ気付いてないだけかもしれないよ。」

 

「……そうっすね。俺はいったん自分の宿舎に戻るっす。」

 

「あ…、蘭太郎君。」

 

「何すか?」

 

「……え、と。ここの牛は動くのかな?」

 

「ああ…。ぽぴぃ君のところの牛も動き回ってたっすね。ええ。牛舎を見たら不規則な動きをしてたっすよ。」

 

「人形なのに…不思議だよね。」

 

 

「不思議なだけじゃないんだな〜。」

 

「……ッ!」

 

「モノクマ…何の用っすか。」

 

「あのね、オマエラにいいモン見せたげるよ!…ボクの野生の本能…をね!」

 

(モノクマが牛舎に向かって歩き出す。その丸い手…なのか前足なのか分からない部位から鋭い爪をのぞかせて。)

 

「全く…何なんすかね。」

 

(しぶしぶモノクマの後を追うと、牛舎からすさまじい声が聞こえてきた。慌てて牛舎に入ると、モノクマが血塗れでこちらを振り向いた。)

 

「ニセモノとはいえ、青少年に可愛い家畜の死の瞬間を見せずにすんだね!ヨカッタヨカッタ!」

 

(1頭の牛の人形が倒れている。その鋭利な爪で捌かれた腹からは鮮血が溢れていた。)

 

「……この牛は偽物のはずっす。この血は何すか?」

 

「演出だよ演出!ホラーゲームで、ぬいぐるみ捌いたら血が…!みたいなのあるでしょ?」

 

(悪趣味すぎる…。)

 

「この世界の生なきものを通して、オマエラに命の尊さを教えてるのさ!うぷぷぷぷ、ボクはやっぱり町長より教育者が向いてるよね。」

 

「どこが…。最悪だよ。」

 

「あ、ここの掃除は後で自動的にされるから、安心してね!じゃ、ばーい!」

 

(血の匂いだけを残して、モノクマが立ち去る。……血の匂いを嗅ぐと…思い出してしまいそうだ。)

 

 

「あ…蘭太郎君?何してるの?」

 

「いえ…牛の中からカセットレコーダーが出てきたんすよ。」

 

「え?…あ、そうか。牛の声はそれを流してたんだね。でも…今時カセットレコーダーって…。」

 

「そうっすね…。幸い血が付いてないし…永本君にあげたら喜ぶかもしれないっすね。」

 

(そういえば、彼は音も出ないのにヘッドホンをしてたっけ…。でも、牛の声だけのカセットを喜ぶのかな…。)

 

「蘭太郎君、ぼくは先に宿屋へ行ってるよ。また夕食の時に。」

 

「はい……そんな顔しなくても大丈夫っすよ、今日は早めに行くっす。」

 

(困ったように笑う彼と別れて宿屋に向かった。)

 

 

 

【中央エリア 宿屋前】

 

「哀染先輩!!」

 

(宿屋の前で、大声で呼び止められた。)

 

「やあ、どうかした?」

 

「どうしたもないですよ!!あのモノパッドの映像!」

 

「…ああ。あれね。」

 

「自分と哀染先輩、妹尾先パイがクラスメイトだったなんて…。何で自分はそんな大事なこと忘れちゃってたんでしょうか!?」

 

「……そう、だね。」

 

「あ…。すみません。妹尾先パイの名前出しちゃって…。」

 

「いや…謝る必要ないよ。つむぎの分も妹子の分も、ぼくらが頑張ろう。」

 

「……ッ!哀染先輩!自分も頑張ります!!!!」

 

(ガシリと強い力で手を掴まれる。正直ちょっと痛い。と、思っていると彼はすぐに手を離して口ごもった。)

 

「ヒゥ…す、すみません!つい…。」

 

「哀染先輩の手は柔らかいですね…これがアイドル…!」

 

「……。」

 

(顔を赤らめて、彼はさっさと宿屋の中に入って行った。)

 

(彼に比べれば大抵の人の手は柔らかいと思うけど……彼にあまり近付きたくなくなってしまった…。)

 

 

 

【中央エリア 宿屋2階】

 

(夕食を済ませて夜時間まで数名と過ごした。みんな1人になると気が滅入るのか、夕食後もレストランに とどまる人が多かった。)

 

(自室のベッドに身を預ける。子守唄のおかげか久しぶりによく眠れたけれど…それでも疲れがずっと肩に乗ってるような感覚だ。)

 

(ここに来てから、熟睡できない日が続いてる。……本当に、いつまでこんな生活が続くんだろう。)

 

(失った記憶…異常な状況…コロシアイ…そして、白銀 つむぎの夢。)

 

(頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。)

 

(まぶたを閉じて今朝思い出したクラスメイトたちとの日々を考える。楽しい日々に想いを馳せるうち、いつしか眠りについていた。)

 

 

『キーン、コーン…カーン、コーン』

 

(今日は朝のアナウンスがあった。身支度をして部屋を出る。)

 

 

 

【中央エリア 宿屋1階】

 

「哀染くん、おはようございます。」

 

「おはようございマス、アイゾメ。」

 

「おはよう、みんな。蘭太郎君、今日は早いんだね。」

 

「郷田君にカビるって言われましたからね、その前に来たっす。」

 

「その郷田さんはまだ来てないんだね…。」

 

「あれあれまあまあ珍しい。」

 

「永本君も…また遅刻だねぇ。」

 

「おっはよー。けいは こんないい朝なのにまだ寝てるの〜?あたしなんて5時くらいに勝手に目が覚めるけどなー。」

 

「おはようございます!!永本先輩はきっと朝が弱いんですね!!」

 

「みんな、おはよう。いい天気ねぇ。」

 

「ここに来てから天気はずっと同じだがね。」

 

「……。」

 

(話しているうちにみんなが続々とレストランに入って来る。2人を除いて、全員が席に着いた。)

 

「圭君はまだ寝てるのかな?ぼく見て来るね。」

 

「あ、じゃあ、あたしも行くよー。」

 

 

 

【中央エリア 宿屋2階】

 

(2人で2階に上がり、彼の部屋の前に来た。)

 

「圭君、朝だよ。」

 

「おーい、けい!起きろー!」

 

…………

(…おかしいな。部屋の中から物音ひとつしない。ドアノブを回してみたが、鍵が掛かっているようで開かない。)

 

「おーい!寝坊助!起ーきーろー!!」

 

「栞、おかしいよ。何の音もしない。」

 

「お困りですかな?」

 

「ッわっ!?モノクマ?」

 

「おお、いい反応だね!」

 

「モノクマ、ちょっとこのドア開けてよ。けいが起きてこないの。」

 

「オッケーオッケーOK牧場!ボクは町民想いの町長だからね。有権者に逆らわないよ!」

 

(モノクマがドアのノブを回すと、抵抗なくドアは開いた。部屋の中にはーー)

 

「あれ?誰もいない。」

 

(部屋の中には誰もいない。壁に立てかけられた道具だけがいやに存在感を放っている。)

 

「またヘッドホン付けて散歩でもしてるのかなー?」

 

「とりあえず、みんなに知らせよう。」

 

 

 

【中央エリア 宿屋1階】

 

「どうどう?寝坊助クンは いたかないたかな?」

 

「いなかったよー?もう、どこ行っちゃったんだろ。」

 

「散歩じゃないデスカ?」

 

「郷田さんも…まだ来ないんだよ…。だ、大丈夫かな…。」

 

「……郷田くんはいつも時間通り来てましたから…気になりますね。」

 

「探しに行こうか。」

 

「みんなで手分けして探しましょう!」

 

 

 

【北エリア 道具屋前】

 

「ここが郷田さんの宿舎…だよね。誰も…いないけど…。」

 

「……病院…となりだけど、今日 見なかった。」

 

「ええ〜!?2人とも、どこほっつき歩いてんだろ?」

 

「歩けていたら…いいんだけど…。」

 

「そんな不吉なこと言わないでください!!!」

 

「……。」

 

(まさか…そんなこと、あり得ないよね?前の事件が脳裏によぎる。ーーもうあんなことには、ならないよね?)

 

(その後、町の北エリアを探したが、2人を発見できなかった。)

 

「山の方は…どう、かな?」

 

「行ってみよう。」

 

 

 

【南エリア 鉱山前】

 

(山道を進んでいると、南エリアを探していたみんなが鉱山前に集まっていた。)

 

「前谷君、良かったっす。」

 

「え、どうしたの?」

 

「鉱山 入り口 入れない。入り口なのに、入れない。」

 

内側から鍵が掛かっているようです。」

 

「破ろうと思ったんすけど、俺らだけだとビクともしなくて。」

 

「組織のクスリあればスグ壊せマシタ。」

 

「大丈夫です!!みなさん、下がってて!」

 

(彼が観音開きの扉をグッと押す。まるで抵抗もないかのように、その扉は開かれた。バキリと木の板が割れる重い音がしたけれど。)

 

 

(そして、その先。鉱山入り口に、彼はいた。ーー血を流して、倒れた状態で。)

 

「あ…。」

 

「けい!!」

 

(彼に慌てて駆け寄る面々。彼は固く目を閉じたままーー…)

 

「う、うう…。」

 

「けい!生きてる!?」

 

「いって…耳元で騒ぐなよ…。」

 

(閉じたままだった目を開けて呻いた。)

 

「だ、大丈夫みたいっすね…。」

 

「ああ…、良かった。てっきりーー……。」

 

 

(そして、入り口に倒れていた彼から目を外し、その先にあるものを見た。)

 

(見て、しまった。)

 

(ーー大量の血を浴び、大岩に寄りかかるように身体を投げ出している…郷田 毅君の姿を。)

 

 

『死体が発見されました!オマエラ、南エリア鉱山に集合してください!!』

 

(みんなが息を呑む中、モノクマのアナウンスだけが鉱山内にこだましていた。)

 

 

 

非日常編へ続く

 

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