第3章 先導性オブ・ザ・デッド (非)日常編Ⅰ
【超高校級の暗殺者の研究教室】
(朝一番。校舎3階の教室に全員が集まっている。)
「ねー、あんまり見ないでよー。恥ずかしいよー。」
(前回の裁判で『自分が暗殺者だ』と明かしたタマを含めて。)
「テメーは…この武器で俺たちを殺せるんだな…?」
「そうだね。朝飯前にケーキを切り分けるくらい簡単にね!」
「お前さんの小さな手で人が殺せるとは思えんがのう。」
「そうだね。そうやって油断してる人が1番 赤子のように ひねりやすいかな?」
「お茶の子…ってことね。でも、そんなことはしない…わよね?」
「そうだね。だって殺したら裁判が開かれて、バレたら自分がアジみたいに開かれちゃうもん!」
「それは…学級裁判に勝てる殺し方を見つけたら実行する…ということかい?」
「しないよ!だって、私 依頼されて仕方なく、人を虫ケラみたいに殺してただけなんだ。」
「この中の誰かが依頼料を支払って依頼したら?」
「うーん、その場合ってクロは誰になるんだろうね?自分がクロ扱いになりそうだし、しないかな。というか、みんなに依頼は無理だよ。」
「殺しの依頼料は数百万単位だよ?高校生の雀の涙袋みたいな お小遣いじゃ払えないでしょ?」
(警戒心を隠さない みんなに、タマは淡々と話している。)
「ご、ごめんね、タマさん。こんな状況だから…不安になっちゃって。」
「ううん。当然だよ。依頼とはいえ、たくさんの人を殺してきた私は雑巾のほつれだもん!」
「そんなことないよ。だって、タマさんは今 約束してくれたもんね。殺さないって。わたしは信じるよ!」
「エイリオちゃん、ありがとー!……でも、みんなは、そうは思ってないみたいだよ。」
(笑い合う2人を見る全員、緊張した面持ちを貼り付けている。)
「宿舎を火事にしたの私なんだよね。」
(タマは…私が起こした火事を『自分が起こした』と言った。それは…本当の放火犯をあぶり出すため?それとも…)
(あの場で…裁判を誘導して…正しいクロを導き出させるため…?……だとしたら、タマは最初から犯人が分かってたってことになる。)
(……つまり…タマが…白銀…?)
(タマを凝視していると、視界の隅に白と黒が現れた。)
「トゥンク!なんてステキな雰囲気!」
「うわ、きゅ、急に出てこないでよ!」
「どこが素敵やねん。昼ドラ絵本も驚きの疑心暗鬼やわ。」
「チッチッチ。そういう疑心暗鬼が良いコロシアイを作るのです。コロシアイとは、雰囲気作りがモノを言うのです!」
「…何しに来たの。」
「春川さんの殺気ある目に睨まれるなんて、感無量だなあ!ハアハア…。」
「……。」
「もー、いたいけなクマを殺しそうな目しちゃって。本来の姿に戻ったの?」
「…何 言ってんの?」
「いえいえ、こちらのことでげすよ。」
「………。」
(その後、モノクマはガラクタを押し付けて消えた。そして、みんなも私にガラクタを押し付けて散っていった。)
(”前回” 2回目の裁判後に開いた教室や通路は…場所は分かるけど、記憶が薄い。)
(最原が探索している間、私は部屋に こもってたから……。)
(……何で、ずっと部屋にいたんだっけ?)
「……春川さん、行きましょう。」
【校舎3階 廊下】
(”前回” の記憶は薄くても…4階 階段の場所は覚えている。何よりーー)
「この扉が描かれた壁…不自然すぎるのよね。」
「冒険家とかはワクワクが止まらない扉だと思うけどな。」
「春川さん。ここに秘密道具のひとつが使えるんじゃないかな?」
「やってみましょう、春川さん。」
(促されるまま、ガラクタのひとつをドアの絵に使用する。その瞬間、壁が崩れて階段が現れた。4階への通路だ。)
【校舎4階 廊下】
「……わ、わたし、ちょっと用事を思い出したから、ここで失礼しようかな。みんな、また後でね。」
(階段を登りきったところで、エイ鮫は回れ右して階段を降りて行った。)
「この先は だいぶ暗いようですからね。無理もありません。」
「暗所恐怖症だものね。」
「フム。4階は全体がお化け屋敷のようだね。エイ鮫さんは引き返して正解だよ。」
【超高校級のママの研究教室】
(薄暗い通路の先、“超高校級の民俗学者”の研究教室があった教室に入る。中は、廊下と同じく薄暗い。)
(ここも…真宮寺の研究教室と全然 違う。中はバーのようになっていた。広いバーカウンターに、左右一面の棚。棚の中にはドリンクが並んでいる。)
「あら、素敵な雰囲気ね。あたしのお店みたいだわ!」
「ここは大場さんの“超高校級のママ”の研究教室ですね。」
(バーカウンターの奥には、巨大な水槽が3つ並んでいる。魚は いないが、底に沈んだビー玉がライトアップされて、幻想的な雰囲気だった。)
「落ち着いた明かり…巨大水槽…充実のドリンク…。あたしが思い描く理想のお店ね。春川さん、何 飲む?」
「ノンアルコールでも最高にハイになれるカクテルを作っちゃうわよ。あたしの作るノンアルドリンクは酔えるって評判なんだから。」
「…遠慮しとく。」
「あら?千鳥足になって前後不覚になって記憶が飛ぶくらい美味しいのに。じゃあ、キーボ君は?なぜかオイルもあるわよ。」
「ボクはオイルなんて飲みませんよ!見た目で判断しないでください!」
(声を荒げるキーボと共に教室を後にした。)
【超高校級のブラスバンド部の研究教室】
(大場の研究教室の奥…“超高校級の美術部”の研究教室があった教室に入る。)
「らりほー!マキとキーボ!よく来たなー!」
(教室内は、やはり “前回”とは違い、美術道具は一切ない。代わりに、多くの金管楽器と簡易なステージが設置されていた。)
「ここはカナデの“超高校級のブラスバンド部”の研究教室だよー!それでは、聞いてねー!」
(朝殻が言って、大型の金管楽器を吹き出した。低音が教室内に大きく反響した。)
「すごい迫力ですね。」
「音響設備もいいし、気に入ったねー!これでオリジナル曲作ってリサイタルもできるねー!」
「キミは曲も作るんですね。」
「ヤーヤー!カナデは音響設備のある密室でしか曲は書けないのだー!」
「密室…?ここ、鍵あるの?」
「あるんだよー!でも、内側からしか鍵が掛からないのだー。モノクマが、さっき ここの鍵をパックリでポックリだったからねー。」
(正面の入り口と、裏口には確かに鍵がある。)
(……夜長の研究教室と同じだ。)
「では、春川さん、次の場所に向かいましょう。」
【校舎4階 廊下】
(朝殻の研究教室を出て、”前回”と変わりない廊下を歩く。反対側には、コンピュータールームがあったはずだ。)
「春川さん、こちらにも扉があるよ。」
(廊下を調べていた綾小路が、3つの扉を指差した。”前回”、茶柱が殺された現場になった、暗い部屋。)
(おそらく、今回も何もないだろうと扉を開けたーー)
「うらめし〜」
(真ん中の部屋で、壱岐がステレオタイプな幽霊のポーズでステレオタイプなセリフを放った。)
「壱岐さん。人を おびやかしている場合ではないよ。」
「おびやかしていたわけではなくて、驚かしていたのだけれど。」
「あいつがいたら…大声を上げてたよ…。」
「あいつ?」
「そうね。……和戸君は…良い反応だったわ。」
「……ああ、そうだね。…和戸も。」
(訝しげな視線を送られて、私は3つの扉から離れた。)
(通路の奥の鏡の前に立つ。この先に、コンピュータールームがあった。)
「……。」
(”前回”は、コンピュータールームに思い出しライトがあったらしい。それに、コンピュータールームにはコロシアイシミュレーターなんてものもある。)
(ここは…無理に開けなくてもいいのかもしれない。)
「どうしたんですか?春川さん?」
「お困りですかー?」
「モノクマ…。」
「その顔は手持ちのアイテムの使い道が分からないって顔だね!大ヒントをあげちゃおうか?」
「カナヅチみたいなガラクタを使え!だよ。」
「ヒントというよりアンサーですね。春川さん、おそらくカナヅチで この鏡を割るんですよ!春川さんの腕力ならできます!さあ!」
「……。」
【校舎4階 コンピュータールーム】
(鏡にガラクタを投げつけると、割れた鏡の先にコンピュータールームへの通路が現れた。)
(コンピュータールームの内装は”前回”と大きく変わらない。プログラム世界に入るための大きい機械にモニター。椅子がないので広く感じる。)
(今いる奴らの中で、ここに反応する奴はいなさそうだね。)
「ずいぶんメカメカしいですね。居心地が良いとは言えません。」
(…1番ここが似合う奴でもこの調子だし。)
「春川さん、これ見よがしに置いてある あの宝箱は……。」
「……。」
(コンピュータールームの宝箱。中を開けると、やはり思い出しライトが入っていた。)
「とりあえず…回収しておきましょうか。羽成田クンは気になることを言ってましたし…。」
「……そうだね。」
(羽成田は、2階にあったライトを回収して、市ヶ谷と取引していた。そして、そのライトで“超高校級狩り”について思い出したと言っていた。)
(ライトを箱から取り出し、ポケットに無理矢理ねじ込む。念のため隠し扉などがないか調べたが、首謀者の部屋に繋がるものはなかった。)
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【中庭 狐面の像前】
(中庭前にある狐面の像。”前回”、この奥には、“超高校級の合気道家”の研究教室があった。)
(像の前には、既にタマと麻里亜、絵ノ本がいた。)
「あ、ハルマキちゃん。ここ、やっぱり怪しいよねー!」
「……。」
「せやな。怪しいわ。巻物…絵巻…春巻き…。何で巻くんやろ。普通、めくるもんやん。」
「何を言ってるのか理解不能です。」
「フォッフォッフォッ、それが子どもというもんじゃ。」
(麻里亜や絵ノ本からは、タマに対する今朝のような緊張感が まるで感じられない。)
(私が考えていることを見透かしたように、タマは笑った。)
「今朝の私を怖がってた雰囲気は、誰かの空気が伝染しただけだよ。臆病なタマなしヤローの宇宙気がね!」
「私みたいな危険人物の味方してくれるのは、お人好しなエイリオちゃんに子供ペロペロのマリユーちゃん、みんなのママ オオダイちゃんだけだよ。」
「それに…コロシアイを、何としてでも、何をしてでも、止めようとしてくれてるハルマキちゃん。」
「……。」
「私に無関心なエノヨナちゃんとアヤキクちゃん、怪談を大人しく聞いてれば優しくしてくれそうなイキリョウちゃんくらい。」
「羽成田クン以外 全員言いましたが…。」
「キーボーイのことも言ってないよ!でも、キーボーイは私なんて怖くないよね?私ができるのは殺人であって、キミは人じゃないもん。」
「ロボット差別です!訴えますよ!」
「フォッフォッフォッ。まあ良いじゃないか。それより、春川よ。その巻物を早く このキツネの小僧に使ってやってくんかのう。」
(麻里亜の言う通り、狐面の像に巻物を咥えさせた。すると、奥に建物が現れた。”超高校級の合気道家”の研究教室…)
(ーーとは かなり異なり、シンプルなログハウスのようだった。ログハウスの奥には雑木林が見える。)
「何やあれ?別荘か?」
「わー!税金対策に別荘なんて建てる輩、都市伝説だと思ってたよー!」
「とりあえず入ってみるかの。これこれ、走るでないぞ。」
【超高校級のサンタクロースの研究教室】
(外観と同じく、室内もシンプルだ。大きな暖炉の中で火がパチパチと音を立てている。)
(部屋の隅には飾り付けられたモミの木。その下に色とりどりのプレゼントの箱が置かれている。)
「どうやら、ワシの…“超高校級のサンタクロース”の研究教室らしいのう。フォッフォッフォッ。」
「絵本にあるようなサンタの家やな。」
「わー、エノヨナちゃん すごい。ちゃんと普通の絵本も読んでるんだね!ゴリゴリのゴーリーファンとか思っててごめんね!」
「ゴーリー以外も読むで。リゲラ・ダウディーとか、D・オードリー=ゴアとかな。」
「何それ、人名アナグラム?」
「あれ、あちらにも部屋があるみたいですね。」
(部屋の奥に並ぶ2つの扉。その先は、どちらも寝室のようだった。)
「フォッフォッフォッ。夫婦の家を想定しておるのかもしれんのう。サンタクロースは基本 結婚しとるからのう。」
「寝室にも それぞれ暖炉があるねー。珍しい。」
「そうじゃのう。2人きりで暮らす夫婦を暖めてくれておるんじゃろうて。」
「そうなんだー!寝室 別々の冷え切った夫婦のための、あったかアイテムなんだね!」
(ログハウスを調べ、私は研究教室を後にした。)
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「おい、春川。」
(建物から出たところで、羽成田が こちらに歩いて来た。)
「何か用?」
「テメー、忘れたとは言わせねーぞ。学級裁判で、オレに動機を見せるって言ったよな?」
「キミは本気で言ってたんですか?あの話が出なければ、みんな死んでいたかもしれないんですよ?」
「ハッ、生きてたんだから いいだろーが。とにかく、約束は約束だ。」
「キミは、もう みんなと協力する気がないんですか?」
「いいよ、キーボ。私の動機ビデオを見せればいいだけなんだから。」
「……分かってんじゃねーか。」
【寄宿舎 春川の個室前】
「ほら、入って。」
「………。」
「何?」
「テメーはバカか?女の部屋に男が入れっかよ。」
「……じゃあ、私が出てるから、勝手に動機ビデオ見れば?」
「……あのな、」
「早くして。」
(まだ何か言いたげな羽成田を部屋に押し込んで、私は部屋のドアを閉めた。)
「…良かったんですか?春川さんも見ていない動機ビデオを、見せてしまって…。」
「どうでもいいよ。」
(動機ビデオは確認していない。思い出しライトが仕込まれていたら、コロシアイを終わらせるどころじゃなくなるから。)
(けれど、動機ビデオの私の肩書きは…どうなってるんだろう。”超高校級の生存者”は…ないはずだけど。)
(しばらくして、羽成田が出て来た。)
「…確認した?」
「ああ。テメーが本当に“超高校級の保育士”で、苦労してきたってことは分かった。」
「……。」
「孤児院で育って、子どもたちの面倒を見てたんだろ。」
「そうだったんですか。」
「……自分のすべきことをしてただけだよ。」
「か、勘違いするなよ!それでも、オレは もう誰も信じねー。テメーの情報だって、利用するつもりだからな!」
「人を利用するというなら、それを伝えない方が良いと思いますが…。」
「うるせーぞ、鉄!」
「だから…!って、行ってしまいましたね…。」
(大股に歩く羽成田の姿は、宿舎入り口の外に消えた。)
【寄宿舎 春川の個室前】
(2回目の裁判の後、4階が開かれる。これは、”前回”と同じ。)
(”前回”は…夜時間に夜長が、その捜査中に茶柱が殺された。)
(……今、私にできることはコロシアイを起こさせないことだけ…だ。)
…………
……
…
「おはようございます!春川さん。」
「…おはよ。」
(目覚まし時計のように朝を告げるキーボをクローゼットから取り出して、テーブルに載せる。…と、キーボは顔を覗き込んできた。)
「いつも以上に顔色が優れませんね。全然 寝てないんですか?」
(昨日ドアの前で全員の気配を探りながら一晩を明かした。全然 寝なかったのは初めてだった。)
「……ちょっと寝付きが悪かっただけ。」
「しかし…」
(心配そうな顔をするキーボの声を消すように、朝時間を告げるチャイムが鳴りーー…)
(さらに、チャイムをかき消す音があった。)
「えっと…何ですか、今のは?」
「行ってみよう。」
(部屋から出ると、同じく出てきた数名と目が合った。みんな、外からの音楽に目を丸くしている。)
【寄宿舎 前】
(宿舎の外に出ると、音は大きくなった。これは、前にも聞いた。朝殻のラッパだ。)
(宿舎を出てすぐ、藤棚の近くのベンチの上に立ち、楽器を吹く朝殻がいる。)
「朝殻さん、何をしてるの?」
「ラッパを吹いているんだねー!」
「朝から?」
「ヤーヤー!朝殻 カナデだよー!」
「朝っぱらから うるせーって言ってんだよ。」
「アーバー、起床音楽 代わりだからねー!朝から奏でないと意味ないからねー!」
「フォッフォッ、良いではないか。どちらにしろ、チャイムで起こされるんじゃ。」
「そうだよ!それに、今のって天空の城だよね!?目覚めとともにパズーの息吹きを感じられるなんて、最&高だよ!」
「ギブリだねー!」
「ゴキ…!?」
「違うよ〜!ギブリ!カナデの留学先では、ギブリってゆーんだねー。」
「嫌な響きやな。」
「明日は起床チューバにするー?起床トロンボーンにするー?それとも、ホ・ル・ン?」
「ワオ!これがステレオタイプなシンコンサンなんだね!」
「ちげーよ!明日もすんのか!?」
「1日の始めくらい、楽しい気持ちでないとねー!」
「やれやれ、勝手にしてくれ。」
(その後、全員で朝食をとるため移動した。)
【校舎1階 食堂】
「さてと、春川。そろそろ出してもらおうか。」
(食堂で全員が席に着くなり、羽成田がニヤリと笑って こちらを見た。)
「…何のこと?」
「懐中電灯だよ。モノクマによれば、思い出しライトっていうらしいじゃねーか。オレらが失った記憶を取り戻すライトだ。」
「春川さん、見つけたのかい?」
「どうして黙っていたの?」
「……モノクマが用意したものだよ。使わない方がいいでしょ?」
「わー、民主主義を無視して そう決めちゃったんだね!すごいよ、ハルマキちゃん。戦中の独裁者みたい!」
「ハッ…。やっぱりテメーは信用ならねーな。」
「……。」
「おい、テメーらは どうなんだ?消された記憶を思い出したくねーのか?」
「フム。確かに。記憶を知ることは必要だ。」
「そう…ね。春川さん、見つけたライトを持ってきてくれないかしら?」
「じゃが、春川の言うことも最もじゃぞ。コロシアイを促進させる罠やもしれん。」
「そう…ね。市ヶ谷さんも その記憶が決め手で…クロになった可能性もあるわ。」
「そ、そうだよ!思い出さない方がいいんだよ!ね、春川さん?」
「……。」
(分からない。私が…ここで何かしてもいいのか。)
(前の裁判…市ヶ谷を追い詰めたのは……私が起こした火事…だ。)
(それに、昨日 見つけた思い出しライトで何を思い出すか…。記憶が、ない。)
「お願いだから…私の事は無視して。」
(そうだ…。私は、”前回” このライトを浴びていない。だから…だ。でも…どうして?)
(どうして、”前回” 私はーー)
「どうしたの、ハルマキちゃん?ボンヤリして。」
「…何でもない。」
「色々 考え中のところ、ごめんね。部屋にあるならライト持ってきてくれるかな?記憶を取り戻したい人で勝手に使うから。」
「え?だ、ダメだよ!きっと罠だよ!」
「あー、ごめんね。だって、私もう昨日ハネゾラちゃんと取引しちゃったんだよね。動機ビデオについて。」
「え!?あなたの動機ビデオを羽成田君に見せたの?」
「…そういうことになるね。とにかく、ハルマキちゃんはライトを部屋から持ってきてくれる?」
「……分かったよ。」
「は、春川さん…。」
(部屋から思い出しライトを持ってきた。それを みんなが囲むテーブルに置く。)
「……マジで隠してやがったか。で?どうすんだ?思い出したいヤツは?」
「はいはーい!」
「僕もだ。自分のことを思い出せていないのは気持ち悪いからね。」
「あ、あたしも…。」
「わたしは…反対だよ。」
「それも動機になりそうじゃしのう。」
「……そうね。同感だわ。」
「考えてなさそーなヤツらは どうすんだ?」
「んー?んー?カナデは思い出さなくても奏でられればいいかなー?」
「音楽について思い出すかもしれねーぞ?」
「アッソーアッソー!じゃあ、思い出すよー!」
「軽いっ……!…え、絵ノ本さんは、どうする?」
「ウチは…何もせん。思い出さんでもええわ。」
(こうして、思い出しライトと共に食堂の5人を残して、私たち5人はその場を後にした。)
「身を引き裂かれて四散したかのようね…。」
「…そろそろ、恐ろしげに言うの やめてくれん?普通にバラバラって言えば ええやん。」
「フォッフォッフォッ。仕方あるまいて。こうして意見の対立を起こすのもモノクマの策略…そんなことも ありはせんかの。」
「…そう…だね。思い出す、思い出さないは、個人の自由だもんね。違う意見でも、認め合っていかなきゃだね!」
「……。」
「…春川さん?大丈夫?」
「……何が?普通だよ。」
(顔を覗き込んできたエイ鮫に短く言って、私は足早に歩いた。)
「春川さん、今日は どこを調べましょうか?」
(……。)
【校舎3階 廊下】
(静まり返った校舎3階。私は”超高校級の暗殺者”の研究教室前で立ち止まった。)
(私は”前回” 2回目の裁判前…ここに ずっといた。誰も、中に入らないように…。どうして?)
(思い出そうとすると…頭に痛みが走る。)
「春川さん、大丈夫ですか?」
(私の”前回”の記憶も…完全じゃない?本当の記憶はどれ…?どこからどこまでが嘘なの?)
「春川さん!春川さん!?」
(冷や汗が止まらない。頭が痛い。)
「あれ?ハルマキちゃん、大丈夫?」
(不意に声を掛けられて、思考は現実に引き戻された。それと共に、頭の痛みが引いていく。)
「滝ツボできそうな、すごい汗だよ?部屋で休んでた方がいいんじゃない?」
「……タマ、何でここに?」
「やだなー!だって、ここ私の研究教室だよ?通い妻のように頻繁に訪れるよ!」
「………。」
(タマは…火事について嘘を吐いた。その理由を…見極めなきゃいけない。)
「…思い出しライトは もう終わったの?」
「うん!…って、あれ?あのライト、思い出しライトっていうんだね!どうしてハルマキちゃん、名前 知ってるの?」
「……。」
「前にモノクマが言ってたし…今朝、羽成田も言ってたよ。」
「あ、そっかー!ごめんね。私って、トリ頭のハトが豆鉄砲 喰らう勢いで忘れっぽいんだー。」
「比喩が重なり合っていて分かりにくいですね。」
「わー、ごめんね?キーボーイみたいな翻訳精度じゃ、たとえ話を重ねたらもう迷宮入りの謎だよね!」
「失礼な!ボクは常に学習しているんです!今の言語設定での比喩表現については、キミの発言から かなりの精度で理解できているはずですよ!」
「ちなみに、学習さえすれば、各国語を翻訳する機能もあるんですからね!」
「私から学習してるんだー。なんか照れるなぁ。私がキーボの初めて…奪っちゃったね?」
「…何か、引っかかる言い方ですね。」
「あ、比喩といっても隠語は まだキーボーイには早いよね?もっと賢いって勘違いしてたよー、ごめんごめん!」
「バカにしないでください!」
(2人が話し出すと また頭が痛くなりそうなので、適当なタイミングで その場を離れた。)
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【校舎4階 廊下】
(昨日 開いた校舎4階に来た。地蔵が並ぶ不気味な廊下。その前に、鳥居がある。)
(鳥居の下で、綾小路が うずくまっていた。)
「……何してるの?」
「ん?ああ。春川さん。歓喜のあまり。失礼。」
「喜びのあまり…うずくまっていたんですか?」
「そうだよ。ほら、これを見てくれないかい?」
(綾小路が指差す鳥居の下には、光る日本刀が飾られていた。)
(”前回”…夜長を殺した日本刀だ。)
(昨日は気付かなかった。”前回”…ここには、5階に続く階段が現れたはずだけど…。刀を飾る台の後ろに、階段がありそうには思えない。)
「この刀は、かなり貴重なものだよ。生きている内に このメガネに映せるとは思わなかった…フフ…フフフ…今日から毎朝 参拝させてもらおう。」
「キミはライトで記憶を取り戻したんですよね?」
「ああ。そうだよ。何とも奇妙な…いや、これは口止めされていたから、言えないね。」
「口止め?」
「羽成田君はどうも、敵 味方を明確にしておきたい質らしい。」
「敵…?」
「意見が違う人間は、敵。よくある考えさ。歴史の中でも、現代でもね。」
「だから、彼は僕らに味方意識を持たせるために箝口令を敷いているんだよ。」
「ボクらは敵ではありません!敵はモノクマですよ!」
「それは分かっているさ。けれど、モノクマが僕らを殺す訳ではない。だから、自分を害すかもしれない敵は、”僕たちの誰か”ということだよ。」
「まあ、何はともあれ、強制ではあるが、黙ってようと約束したからには守らないとね。村八分にあうと面倒だ。」
「………。」
「そんなことより、この刀をどう思う?」
(綾小路が布を使って慎重に日本刀の鞘を抜いた。)
「これが作られたのは、おそらく…数百年前。その時代に こんなに金箔をふんだんに使った代物は なかなかお目にかかれない。」
「その頃の武士が きらびやかなだけの刀飾りを作らせるとは考えにくいから、貿易用の献上品か…とにかく、かなりの価値だ。」
(その刀身には、もちろん、血なんて付いていない。夜長を殺した日本刀と…どう見ても同じなのに…。)
(この学園内といい…まるで時を戻したみたいだ。)
「そこの地蔵も、なかなか いい趣味をしているよね。」
「どこがですか。首が落ちている地蔵なんてホラーでしか学習できませんよ。」
「全部で8体の地蔵。5体が死に、3体が残る…これは何かの暗示なのかな?」
(ブツブツと考察し始めた綾小路を置いて、その場を後にした。)
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【寄宿舎前】
(全員 揃って夕食を取り、また全員 思い思いの場所に散っていく。私が宿舎に戻ろうとした、その時…)
「春川さん、ちょっと待って!」
(エイ鮫に呼び止められた。)
「何か用?」
「えっと…あのね、ちょっと話さない?」
「話?」
「……春川さん、元気ないから。」
「寝不足なだけだよ。」
「うん、知ってるよ。春川さんが、コロシアイが起こらないように ずっと頑張ってくれてるの。」
「……。」
(実際には、みんなを犠牲に『ダンガンロンパ』を終わらせようとしてるんだけど…。)
「春川さん、もし、わたしで良ければ話を聞くから。何でも言ってね?」
「…前に春川さんに、励ましてもらったお礼がしたいんだ。」
「……。」
「ま、まあ、わたしに話したところで、誰も得しないとは思うけど!」
「……本当に、寝不足なだけだよ。」
「……そっか。うん。分かったよ。」
(私が言うと、エイ鮫は困ったような笑顔を向けて去っていった。その笑顔を見ると、心がざわつく。)
(エイ鮫は…似てるから。コロシアイの首謀者に…白銀に。)
(でも…何だろう。この違和感は…?)
【寄宿舎 春川の個室】
(『ダンガンロンパ』を終わらせる。そう決意したのに…。何も できない。)
(どうしたらいい?どうしたら終わらせられる?)
(やっぱり私1人じゃ…無理なの…?)
(”前回”は…“あいつ”がいた。”あいつ”が…私や最原を引っ張っていってくれた。)
(目頭が熱くなりかけたのを やり過ごし、私は息を吐いた。)
(部屋の扉の前にイスを置き、腰掛ける。)
(せめて…コロシアイを起こさせないように。今…私ができることは…それだけだ。)