第4章 虚の世界で人に問ひて、生かせ、呪う(非)日常編Ⅰ
「テメーの敵は何だ?」
(『ダンガンロンパ』だよ。私は終わらせなきゃいけない。)
(最原や夢野…キーボと一緒に…望んだ通り…。)
「大丈夫だ。テメーは1人じゃねーんだからな。」
(…1人だよ。キーボに似た男が殺されて…それでも、何もできなかった…。)
(和戸は…最原だったのかもしれない。絵ノ本は…夢野だったのかもしれない。)
(私の仲間は…もう…いなくなったんだよ…。)
「大丈夫だ、ハルマキ。テメーには、オレが付いてる。何たってオレはーー…」
「もも…ッ」
『キーン、コーン…カーン、コーン』
(”あいつ”の名を呼ぼうとして、飛び起きる。けれど、そこには当然、誰もいなかった。)
「春川さん!朝ですよ!おはようございます!」
(チャイムの音に続いて、クローゼットの中から小型のキーボが叫び出すのが聞こえた。)
(変な夢だ。最原や夢野と、死んだあいつらは…違うのに。)
(……最原や夢野…あいつらは、今…どうしてるんだろう。…生きて…いるんだろうか。)
(クローゼットを開けると、キーボが「待ちわびた」と言わんばかりの顔をした。)
(このキーボは…人格を消される前のキーボと同じように見える。でも、市ケ谷が言ったことを考えると、『ダンガンロンパ』が用意したカメラだ…。)
「さあな。オレは組み立てただけだから分かんねーです。でも顔はオレ好みにしてやったぜ。コイツを使って、死んだ ご希望を偲べ!」
「……どうかしましたか?」
「…何でもないよ。」
【校舎1階 食堂】
(食堂に入ると、重苦しい空気に迎えられた。既に ほとんど全員が揃っていた。)
「あ…春川さん…。おはよう…。」
「おはよ…。」
「……。」
「……。」
「雰囲気 暗いねー。」
「無理もないさ。こんなに人数が少なくなっては、ね。だが…!」
(大場以外の全員が集まる食堂。そこで いつもより語調を強くした綾小路が言い放った。)
「そんな時こそ、みんなでアライアンスを結んでソリダリティをブラッシュアップできるんじゃないかな?」
「なんて?」
「僕らは今やアライアンスパートナーだよ。フルコミットでタスクを こなしていこう。」
「何言ってるか分かんないなー!それってアレでしょ?意味をフニャフニャにして、この国で使ってる外来語でしょ?」
「キミ、外国語は嫌いだと言っていませんでしたか?」
「ああ。嫌いだったよ。けれど、昨日 思い知ったのさ。世界各国語の重要性をね。今まで何故、気付かなかったんだろう…。」
「今この国で使われる言語も、元は外国語と現地語が融合したもののとされている。そして、この国は他国の影響を受けながら歴史を紡いできた。」
「世界を知らない内は、自国を知らないも同然さ。世界の歴史に民俗学…現代文化…言語…勉強することが山積みだ。フフ…フフフ…。」
「…何だ こいつ。」
(知的好奇心にゾクゾク身を震わせている綾小路を、一同 呆気に取られて眺めていたところで、大場がキッチンから食堂に入ってきた。)
「綾小路君が言いたいのは、みんなで協力して結束を固めましょう。ってことよね。」
(その手には、朝食にしてはボリュームのある食事が載った盆。)
「わー!フレッシュジュースにフルーツサラダ、自家製パンにオムレツだー!」
「…朝から豪勢じゃの。」
「……そうだね。」
「元気がない時は、たくさん食べるに限るわ!」
「ことわざにも、あるでしょ?辛い時は だいたい寝不足、悲しい時は だいたい空腹、血を吐く病気も だいたい気のせいって!」
「そんな ことわざ、ありましたか…?」
(全員で食卓を囲む。落ち込んだ雰囲気も、温かい食事を胃に入れることで少し良くなった気がする。そんなところで…)
「ライズシャイン!ウァザイン!」
「……何しに来たの。」
「またまたー、分かってるくせにー。もうボクからのご褒美なしでは生きられないカラダのくせにー。」
「いかがわしい言い方するんじゃねーよ。」
(モノクマが机に石を1つ載せた。いつも裁判後に渡されていたガラクタだ。)
「……1つだけ?」
「え?何か問題でも?今お渡しできるのは、こちらの飛行石のみになっております!」
「……飛行石?」
(”前回”は筆があった…。確か…筆は5階に進むのに必要だったはずだ。)
「これだけじゃ物足りないって?欲しがりさんだなぁ。それじゃ、おまけにコレもあげよう!」
(楽しげに笑ってモノクマが取り出したのはーー…)
「じゃーん、今回の動機でもある謎のカードキーだよ!」
「……!」
(しまった。前の動機が”前回”と違ったから油断していた。)
(そんなことを考えていると、モノクマが机に置いたカードキーを素早く奪う手があった。)
「こいつは、オレが預かっておいてやる。」
「えっ。」
「これで どっかを開けりゃいいんだろ?オレが探してきてやるよ。」
(言うなり、羽成田は食堂から出て行った。)
「ちょっと、ハネゾラちゃんには無理だよ!ハルマキちゃんに任せなってー!」
(それを追うように、タマも出て行く。)
「行ってしまいましたね。」
「マイペースな人たちだ。彼らを まとめてリーダーシップを取る人間がマストになってくるね。」
「マイペース…綾小路君は人のこと言えないわよね。」
「…とりあえず、春川…お前さんは その飛行石とやらを使える場所を探してくれんかの。」
「……。」
「……分かった。」
【校舎4階 廊下】
「えっと、春川さん。ここに何か用ですか?」
(校舎4階の鳥居の下に来た私に、キーボが戸惑った声を上げた。)
(”前回”は、ここから5階へ上がる階段が現れた。けれど、今回、鳥居の下は刀が飾られていた台だけ。壁に階段が続くような空洞もなさそうだ。)
(どういうこと?今回は…5階がないの?)
△back
【中庭】
「あっちに、誰かいますね。」
(”超高校級のサンタクロース”の研究教室前で、麻里亜と綾小路が話している。)
「俺の今の姿は…19世紀後半からのイメージに過ぎねぇのさ。」
「なるほど…北米のサンタクロースのイメージが西欧に逆輸入されたのか。興味深い。」
「クリスマスは南蛮貿易から この国に入ってきたが、もちろん、その時と今とでは祝い方がーーおや、春川さんにキーボ君。」
「盛り上がってますね。」
「サンタクロースや現代のクリスマスの祝い方について、麻里亜君に ご教示いただいてたんだよ。」
「突然 興味を持ち出したみたいだな。驚いたぜ…。」
「何事にも見識を深めておこうと思ってね。せっかく、その筋の専門家がいるからね。全て吸収するくらいのメンタリティでやっていくさ。」
「……そう。」
「ところで、春川さん。」
「何?」
「保育士の君のオピニオンを伺いたいんだけれど…モンテッソーリ式とシュタイナー式、どちらを君は支持するかな?」
「何 言ってるか、よく分からない。」
(他にも何か聞きたそうな綾小路から離れて、その場を後にした。)
【超高校級のDIYメーカーの研究教室前】
(”前回” キーボの研究教室があったのは、入間の研究教室の隣だ。)
(入間の研究教室と同じ場所に立つ”超高校級のDIYメーカー”の研究教室の前まで来た。そこには、大場がいた。)
「春川さん、キーボ君。羽成田君を見なかったわよね?」
「ええ。彼は”謎のカードキー”を持って、どこかへ行ってしまいましたからね。」
「また無茶なこと言い出さなければいいんだけど…。」
「そうだ、春川さん。その芝生のところ。モノクマの ご褒美がハマりそうじゃないかしら?」
「ボクも気になっていました。使ってみましょう。」
(キーボと大場が指差す台座に、モノクマから受け取った石を入れた。すると、どこから ともなく建物が飛んできた。)
「あら!?な、何、今の!?どういう仕組み?」
「プレハブ小屋は組み立てるのが簡単と聞きますが…飛んでくるプレハブは初めてですね。」
(目の前に現れたのは、”前回”のキーボの研究教室とは かけ離れた、簡素なプレハブ小屋だった。)
「…とりあえず、中に入ってみよう。」
【超高校級のパイロットの研究教室】
(中は外観と同じく簡素なものだった。あちこちに工具や大型の機械が設置されている。一際 目を引くのは、室内の真ん中に止まっている乗り物だ。)
「ちっちゃい飛行機ね。2人くらいしか乗れないんじゃないかしら?」
「軽量動力機というやつですね。ここは羽成田クンの“超高校級のパイロット”の研究教室なんでしょう。」
「……。」
「この飛行機、飛ぶのかしら?もし飛べるなら、これで何人か脱出して助けを呼べるんじゃない?」
「そうですね。羽成田クンに相談してみましょう。」
(……無駄…だろうね。)
「では、羽成田クンを探さなければなりませんね。春川さん、行きましょう。」
(キーボに急かされるまま、研究教室を後にした。)
(ここは…”前回”…キーボの研究教室があった。今回は…キーボの研究教室はないということ?)
△back
【校舎前】
「ハルマキちゃん、キーボーイ!」
(校舎前に戻ると、タマとエイ鮫が立っていた。)
「タマさん。羽成田クンは…」
「見失っちゃった。ハネゾラちゃんは逃げ足が速いタイプだよ。逃げるのも速そうだよね!ね、エイリオちゃん。」
「……そう…だね。」
「……。」
「まあ、カードキー使える場所 見つからなくて、すぐ出てくるんじゃないかな?ハネゾラちゃん、探索 苦手そうだし!」
「それよりさー、ハルマキちゃん。今回のガラクタで、どこが開いたの?」
「市ケ谷の研究教室の隣に、羽成田の研究教室が開いたよ。」
「え?そうなんだ?てっきり5階に行けるようになるのかと思ってたー。」
「……5階?」
「うん、だって、ここから校舎見たら、少なくとも5階分の高さはありそうじゃない?」
(言われて、エイ鮫と共に校舎を見上げる。ステンドガラスの窓は、確かに”前回”5階で見たものだ。)
(あのステンドガラスの近くに…白銀の研究教室があったね…。)
「毎回 校舎のフロアが開くから、今回は5階だと思ったんだよね。」
「5階は開かないよ。」
「…ッ!モノクマ…。」
「また出て来たの?…開かないってどういうこと?」
「もう5階に研究教室がある生徒はいないからだよ!哀染クンに和戸クンに名無しの権兵衛クン。最初の方で、みーんな死んじゃったからね!」
「……。」
「名無しの権兵衛くん…ああ、キーボーイによく似た、名前を思い出せないっていう”希望くん”のことだね!」
「ああ、ボクが作られる前に故人となったという…ボクは1度も会えていませんね。」
(……”前回”の5階は…最原と天海…それに白銀の研究教室があった。天海の研究教室は開かなかったけど…フロアは開いたはずだ。)
(今回はフロアの研究教室の持ち主 全員いないから開かないってこと…?)
「うぷぷ。5階の内装は、ないそうです。ハリボテだと思っとけばいいよ。」
(モノクマは、しょうもない言葉を残して消えた。)
(何にせよ…良かったのかもしれない。”前回” 4回目と5回目の事件では、最原の研究教室の毒が使われた。どちらも、直接的な死因ではなかったけど。)
(……。)
(5回目の事件の…直接的な原因は……)
「ハルマキちゃん?どうかした?」
「…何でもない。」
【校舎1階 食堂】
(夕食時、全員が食堂に集まった。その場には羽成田もいる。)
「ハネゾラちゃん、どこにいたの?」
「決まってんだろ。カードキー使えそうな所 探してたんだよ。」
「その様子じゃ、見つからんかったようじゃな。」
「チッ…。」
「……動機なんだから、それで いいんじゃないの?」
「そう…ね。あの記憶のライトなら ともかく、動機なんて積極的に使わなくてもいいと思うわ。」
「そのライトも、今回は見つかっていないんだよね?」
「ああ。」
(”前回”、思い出しライトは5階のフロアで見つかったらしい。今回は…5階が開かないから、見つからないんだろう。)
(その方がいい。巨大隕石群やカルト集団…ゴフェル計画なんて…嘘なんだから。)
「じゃ、このカードキーは、とりあえずハルマキちゃんに任せておこうか!」
「……何で…私?」
「ハルマキちゃんなら見つけるスキルもあって、動機に左右されることもないと思うからだよ!ね、ハネゾラちゃん。いいよね?」
「……。」
「おらよ、テメーで勝手に使え。」
(羽成田は不服そうに、こちらにカードキーを投げた。)
「つまり…この動機は…私に任せてもらっていいってことだよね。」
(私が周囲を見回すと、全員が同意するように頷いた。)
(それを確認して、私はカードキーを持つ両手に力を込める。パキリと軽い音を立てて、カードキーは真っ二つに割れた。)
「あ!?」
「……何してるの?」
「動機なんて必要ないよ。」
「…そっか。そうだよね!動機のカードキーを使いたいなんて、コロシアイを望んでるみたいだもん。必要ないね!」
「う…うん。その通り…だよ…。」
「そうね。コロシアイの動機だもの。」
「……そうじゃな。」
「ガーン。せっかく作った動機なのに使わないまま壊されるなんて…。」
「…っ!また出た…。」
「おやおやぁ?エイ鮫さんの驚きに覇気がないなぁ。何かあった?失恋?恋煩い?」
「……。」
「……モノクマ。何の用?」
「宣戦布告だよ!オマエラが動機にドキドキしないなら、こっちにも考えがあるんだからね!覚えてなさいよ!」
(モノクマは よく分からないセリフと共に立ち去った。)
「何しに来たんでしょうか…。」
「放っておきましょう。そうだわ。羽成田君、あなたの研究教室が開かれたのよ。」
「ああ。さっき見た。」
「あそこには小型機がありました。あれを使って脱出できませんか?」
「バカかテメーら。滑走路もねーのに飛べるかよ。」
「校舎から階段までの道を滑走路にできないかな?」
「全然 足りねーよ。あんな長さじゃ高度を保てねーし、壁にぶち当たって死亡だ。」
「ハネゾラちゃん、KAMIKAZE希望じゃなかったっけ?」
「ねーよ!」
【寄宿舎 春川の個室】
(今回 開いたのは、羽成田の研究教室だけ。5階へは行けない。)
(動機は もう、使えない。校内を見たところ思い出しライトもない。)
(”前回”…入間は あの思い出しライトを見た後、激しく動揺して…王馬を殺す計画を立てた。それで、私たちをプログラム世界に連れて行って…。)
(今回はプログラミングができる奴もいないし大丈夫だとは思うけど…。一応、警戒はしておかないと。)
(ドアの前に置いたイスに腰掛け、外の様子を伺いながら、私は少しだけ目を閉じた。)
…………
……
…
(……?)
(いつの間にか、うたた寝していた。慌てて顔を上げ、寝る前と明らかに違う室温に首をかしげる。寒い。室内なのに、吐く息が白くなるほど。)
(部屋から出ると、他の奴らも出てくるところだった。)
「寒っ!何これ!?」
「室内なのに雪が積もっておる。どういうことじゃ?」
「モノクマの仕業…?」
「あの野郎…。」
「こんな中 寝てたら凍死しちゃうわ!」
「倉庫から暖を取れるものを取ってくるかい?」
「いや、ワシの研究教室に暖炉がある。お前さんら、できるだけ防寒できるものを持っていくんじゃ。」
(麻里亜の言葉を合図に、全員部屋に戻った。クローゼットを開けるとキーボがこちらを見た。)
「春川さん、何の騒ぎですか?」
「何でか雪が降ってるんだよ。」
「雪ですか。では、外は寒いんでしょうね。」
「ここも十分 寒いんだけどね。」
(キンキンに冷えたキーボと掛け布団を持って、部屋を出た。)
(なぜか雪の積もった寄宿舎内から出ると、外は白一色だった。まだ薄暗い中、チラチラと雪が降り続いている。)
「こんなに寒かったら、ひどい風邪をひきそうだわ。あたしは風邪なんて今まで ひいたことないけど。」
「昨日まで…寒さなんて感じなかったのに……。」
「とにかく、ワシの研究教室まで急ぐぞ。」
【超高校級のサンタクロースの研究教室】
「あれ、ここ宿舎より あったかい!」
「木の温かみというやつかもしれんな。」
(麻里亜が暖炉の前に立ち、火をおこすと、室内が一気に暖かくなった。)
「ここなら、凍死することはないわね。」
「これから どうしようか。」
「どうっつってもな。モノクマが何かしやがったんだ。あいつを待つしかねーだろ。」
「そうそう。」
「うわっ!急に目の前に現れるな!」
「昨日 動機をポテトチップスみたいに割られて消沈したボクは、悲しみにくれることの他、何もできなかったわけです。」
「そして、その悲しみは雪となり、冷え切った心は学園中を凍りつかせてしまったのです。」
「……雪の女王みたいだね。」
「女王というより、神様気取りだね。旧約聖書の大洪水や『ソドムとゴモラ』…どちらも雪ではなく雨や硫黄や火の雨だが。……あと、塩か。」
「ちなみに、食堂も使えなくなってるから、オマエラは頑張ってサバイバルしてね。」
「ええ!?サバイバルって…食べられる植物も、動物だっていないのよ?」
「大丈夫 大丈夫!学園中に食べ物やお宝が入ったチェストを置いてるからね。」
「食べ物チェストは毎日どこかに追加しておくから、それを使って食い繋いでね。」
「ボクの冷え切った心は いつ戻るのか…うぷぷ。もし、また殺人が起こったら、喜びのあまり雪溶けもあるかもね。」
「冷戦の終結のように言うんじゃない。」
「あ、そうそう。この大変な状況のオマエラに、役立つプレゼントをしてあげよう。じゃじゃーん!ジィ-shock!」
(モノクマが取り出したのは、腕時計だった。)
「これは登山者や冒険家 御用達のコンパス付き腕時計だよ!今 何時?北どっち?全て教えてくれるよ!」
「ただし、結構 古い型だから時間がズレることも、なきにしもあらずな感じ?ま、目安くらいに携帯しておいてね!」
「日付けも午前午後もない時計盤だけの時計なんて久しぶりに見たよー!シンプルイズベストな機能満載だねー!」
「そうでしょ そうでしょ?心臓に爆弾抱えてる老人並みに脆いから、壊れないように気を付けてね!」
「…テメー…ふざけてんのか?ぶち殺すぞ。」
「怖いな怖いなー!やだなやだなー!」
(なぜか青筋を浮かべた羽成田を見て、モノクマは立ち去った。)
「とにかく、食料その他を探さないとね。」
「ああ。っつっても、倉庫や食堂には食いモンもあんだろ。」
「ワシが取って来よう。お前さんらは待っておれ。」
「……いいえ、あたしも行くわ。」
「ああ、助かるよ。」
「春川さん。」
「……何?」
(麻里亜と大場が出かける支度を始めたのを見て、キーボが耳打ちしてきた。)
「……なるべく…大場さんと一緒にいてください。」
「……何で?」
「こんなことを言うのは…合理的ではないですが…”内なる声”の予想で…。」
「……次のコロシアイでは…大場さんが鍵になる…と…。」
「……。」
(”前回”の4回目の事件。入間がプログラム世界で殺されて…そのクロは…獄原だった。)
(そういえば…思い出しライトで見た過去の『ダンガンロンパ』の記憶。どちらも…4回目の事件には、大柄な人物が関わっていた…。)
(……けれど、思い出しライトは ただの植え付けられた記憶だ。正しいものとは言えない。)
(ーーでも、視聴者も次の殺人に大場が関わってくると予想してる…か。)
「大場、麻里亜。私も行くよ。」
「ボクは ここで春川さん達をお待ちしてます!雪の中では役に立てませんからね!」
「雪が入り込んだら壊れちゃいそうだもんね。」
「そう簡単には壊れませんよ!市ヶ谷さんの研究教室にはボクの強化パーツだってあるんですからね!」
(言い合う2人の声を聞き流して、私たちはログハウスから出た。)
【校舎1階 廊下】
「校舎の中にも雪が降り積もってるわね…。」
「宿舎といい…室内に雪とはな…。まあ、ここは校舎内にも草が生えてたり、元々 不可思議ではあった。今更 驚くこたねぇさ…。」
(2人が言う通り、校舎の中にも雪が降り積もっている。屋内だというのに、あまり外と気温が変わらないようにも思えた。)
(食堂の前まで来て、大場が扉に手を掛ける。しかし。)
「……開かないわ。」
「開かない…?」
「どいてみろ。」
(2人が一緒になって扉を開けようと試みるが、ビクともしない。私も加勢したが、やはり扉は無反応だった。)
「凍りついてるのかもしれねぇな。」
「困ったわね。テラス側のドアも開かなかったじゃない?」
「3人で蹴破るか…。」
「ストーップ!」
「モ…モノクマ。」
「オマエラ、何でも力で解決しようっていうのはクールじゃないよ。いや今は超クール通り越してコールドだけどね!無駄な破壊活動はダメだよ。」
「…そんな校則なかったけど。」
「ボクはオマエラを心配して言ってあげてるんだけどなぁ。凍てついた扉を破壊しようとしても、破壊されるのはオマエラの人体だけだってね。」
「そんなもの、やってみないと分からないわ。」
「せっかく教えてあげたのに…ボクの心は ますます冷え切る一方だね…。」
(モノクマはブツブツ言いながら消えた。)
「とりあえず、3人でやってみましょう。」
「よし、いくぞ…。」
(麻里亜の掛け声と共に、3人でドアに体当たりする…が、扉はビクともしない。)
「……無理みたいだな。」
「……倉庫や購買部は どうかしら?」
(倉庫と購買部の扉も同じく固く閉ざされていて、蹴破ることはできなかった。)
【超高校級のサンタクロースの研究教室】
「あ!?食堂も倉庫も購買も開かなかったってどういうことだよ!?」
「そういうことじゃよ。」
「本当かよ!?テメーらグルになって食料 隠してるとかじゃねーだろーな?」
「キミって人は!」
「ハネゾラちゃん以外、そんなことしないよねー!ね、エイリオちゃん。」
「……うん。春川さん達は、そんなことしないよ…。」
「…うるせーな。とにかく…モノクマは食料を どっかに隠したっつってたな。全員で探すぞ。」
「ハネゾラちゃん、食料見つけても隠して独り占めとかしないでね?」
「しねーよ!オレは幸せは分かち合えって教えられて育ってんだ!」
「そうとは思えないけどね。」
「とにかく、この状況で自分の利益を最優先なんてしてたら、みんなで仲良く野垂死にだからね!今回は全面協力で頑張ろー!」
「……チッ。分かってるっつーの。」
「春川さん、ボクは ここで見張りをしています。春川さんは…」
「分かってるよ。」
(散って行く面々を横目に、大場の背を追った。)
【裏庭】
「ここには、みんな あまり近付いてなかったわよね。」
「……何もないからね。」
(地下道への道がある裏庭の建物内に入る。今はマンホールの先は誰も知らないし、天海の”生存者特典”のために書かれていたというメッセージもない。)
(建物の中も雪が降り積もっている。マンホールの方を見て、そこが開いていないことを確認しようとした。が。)
(地下道に続くマンホール上に置かれたチェストが目に入った。)
「あら、これ!モノクマが言ってたチェストね!」
(チェストを開ける。中にあったのは…。)
「思い出しライトじゃない!」
「……。」
「モノクマが食べ物やお宝って言ってたけど…思い出しライトのことだったのね。」
「……。」
(この思い出しライトは…隕石群やカルト集団、ゴフェル計画のもの?それとも…獄原がプログラム世界で見たもの…?)
「春川さん、持って帰りましょう。」
「そうだね…。」
【超高校級のサンタクロースの研究教室】
(夕方 近くになって、全員が麻里亜の研究教室に集まった。)
「ワシらは何とか食料を見つけたぞ。」
「私とマリユーちゃんとエイリオちゃんでね!」
「……。」
「僕も羽成田君をフォローしていたんだが、おかげで少ないが食料を確保できたよ。」
「勝手に付いて来ただけだろ。」
(輪になって座る全員が見つけた物を中央に置いた。乾パン8枚と缶詰め4個。今日の質素な夕食が予想された。)
「喉かわいちゃいそうだねー。」
「しかたない。雪を ろ過させるかの。」
「それじゃあ不衛生だよー?もし、ここの雪がトイレの水から作られてたら どうするの?」
「……ッ!モノクマ…。」
「オマエラのために、あちらに飲料水は ご用意しております!」
(モノクマが示す方向は、クリスマスツリーの下に置かれたプレゼント。)
「青い包装紙の箱には飲料水が入ってるからね。ご自由にお飲みください!」
「あー、本当だ。」
「……他の色の包装紙の箱には何が入ってるの?」
「うぷぷ。それは、自分で確認してね。プレゼントの中身には共通点があるから、心して掛かるように。」
「……どうせロクなモンじゃねーだろーが、確認しとくぞ。」
(言って、羽成田が他の色の包装紙を開いた。)
「緑の箱の これは、睡眠剤…?赤いのは毒薬だね。」
「やはり…ロクなものではなかったのう。」
「リボンの形も包装紙に合わせて違うのね…。」
「うぷぷ。可愛いリボンでしょ?その白いリボンは成人男性2人分の大腸くらい長い特別性さ。」
「大腸の長さ…1.5mが2人なら、3mくらいだね。」
(モノクマは嫌な言葉と笑いを残して消えた。)
(白いリボンがそれぞれ違う形で結ばれた包装紙の中から出てきたのは、「睡眠剤」と書かれた瓶とドクロマークが貼られた瓶。)
(青い包装紙の箱には、小ぶりなペットボトルが1本入っていた。パッケージに大きく「水」と書いてある。)
「この水、飲んで大丈夫なのかよ。」
「モノクマは殺人に関与しませんから、変なものは入ってないはずです。」
「そうだねー。変なもの入れるなら既に食堂のものに入れてるはずだよ!」
「とりあえず、飲み水が確保できたと思っておこう。」
「で?春川、大場。テメーらは、何を見つけたんだよ?」
(それぞれが水を手にして、羽成田が私と大場を見て言った。私は思い出しライトを みんなの中央に差し出す。)
「……これだよ。」
「思い出しライトだね。」
「また それか…。」
「……ねぇ、それ…やっぱり使わない方がいいよ。モノクマが用意したものなんてーー…」
「うっせーな、この状況が変わる何かがあるかもしんねーだろ!」
(言うなり、羽成田は思い出しライトを手に取りーー怪訝な顔をした。)
「…何だコレ?スイッチがねぇ。」
「……。」
(スイッチの部分は、ここに来るまでに壊しておいた。この思い出しライトは…もう使えないはずだ。)
「おい、春川!テメー、これに何かしただろ!?」
「……してないよ。もともと壊れてたんじゃないの。」
「ンなわけねーだろ!」
「あたし達は ずっと一緒にいたけど、春川さんはライトを落としたり叩きつけたりしてないわ。春川さんはウソなんてついてないわよ。」
(…落としたり叩きつけたりしなくても壊せたけど。)
「ハッ…!こいつは怪力女なんだぞ?大場が見てねーうちに握力だけでパキッとやったのかもしんねーだろ。」
「そうかもねー。ハルマキちゃん、それを使わせたくないみたいだったし。」
「……嘘なんて吐かないよ。」
「そこまでじゃ。こうやって仲間割れさせるモノクマの罠じゃろうて。この話は、もう終いじゃ。」
「はーい。」
「……。」
(その後、パサパサの乾パンと味のしない缶詰めを分け合って食べた。)
「……これだけじゃ全然足りねーな…。」
「我慢せい。明日は朝から食料探しをするぞ。」
「食料の少ない雪山で極限状態かー。口減らしの殺人が起こりそうだね。」
「何てこと言うんですか!」
「…一理あるが、口にすべきじゃないね。」
「……。」
「……。」
「やっぱり…このままじゃいけないわ……いや、いけないね。」
「え…?」
(重苦しい雰囲気の中で、ポツリと呟く声に、全員が顔を上げる。)
「みんな、安心して!この大吾郎が、みんなを守るから!!」
「お、大場さん?急に どうしたんですか?」
「誰がオバさんだ!?大吾郎は、この雪に負けない益荒男だ!」
「ますらお…?」
「猛々しい男のことだね。……性転換したのかい?」
「いや…性転換ではねーだろ。」
「オオダイちゃん、どうしたの?突然のキャラチェン?」
「今まではキャラクターが定まっていなかったということかい?」
「それが必要なことだからだよ!ゲホ!」
(大場は胸を強く叩いた。…が、強く叩きすぎたのか、むせて咳き込んだ。)
「ゴホ…こんな状況で必要なのは、優しく美しいママじゃない!強く逞しく屈強な男だ!だから、大吾郎は益荒男の中の益荒男になって、みんなを守る!」
「大場さん…。」
「わー、素敵!驚きだよ!」
「……何より驚くのは、今まで優しく美しいつもりだったことだろ。」
「今からでも、大吾郎が食料を探しに行って来るよ!!」
「待て。外は吹雪いてきたようじゃ。確かに身体が大きく筋肉の多い者の方が雪山での生存率は高いが…夜間に外に出るのは自殺行為じゃ。」
「分かった!じゃあ、朝一番で食料を探しに行くよ!」
「……お前さん、無理しておらんか?」
「大丈夫!益荒男は寒さに屈したりしない!この大吾郎が、必ず食料を見つけてくるから!」
「…どうしてだ。喋り方の違和感がなくなるはずなのに、違和感しかねぇ…。」
「大場。私も行くよ。あんたが出る時、声 掛けて。」
「え?春川さんも…?」
「……私は、雪には慣れてるから。」
「さて、では、寝る部屋なんだが…ちょうど隣に寝室が二部屋あるし、男女で別れよう。ベッドは1台だから、譲り合って使う必要があるね。」
「寝室も暖炉があるからのう。暖かいはずじゃ。」
「寝室に暖炉というのは珍しいね。一酸化炭素中毒などの心配はないのかい?」
「ここが開いた時点でエントツは調べたが、その心配はいらんぞ。煙を屋内に逃さない機能的なエントツらしいからのう。」
「こんな簡素なログハウスに、そんなファシリティが?すごいものだね。」
「……で、大場は どっちなんだ?男の部屋で寝んのか?」
「大吾郎は、ここで寝るよ。」
「……。」
「女子チームは、今日 誰がベッド使おうかー?」
「エイ鮫とタマ。あんた達2人で使いなよ。私はドア近くでいいから。」
「わー、ありがとう!じゃあ2人で寝よ?エイリオちゃんって柔らかそうだから嬉しいなー。」
「うん…よろしくね…。」
「キーボ。あんたは、大場のところにいて。何かあったら呼んで。」
「……分かりました。」
【研究教室 女子用寝室】
(女子が横になったベッドから離れた扉付近に座り、宿舎から持ってきた布団を被る。)
(この状況は…好都合かもしれない。寄宿舎より、全員を見張りやすい。何より…。)
(雪の中で、食料が少ないなら…視聴者が望まない展開…全滅が狙えるかもしれない。)
(………。)
(暖炉から漏れる淡い灯りと、パチパチという小さな音。その音に、ベッドからの寝息が混じった。静かで、安らかな音だった。)
(胸がジュクジュクと痛むのを無視して、私は外の気配を伺いながら目を薄く閉じた。)