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第4章 虚の世界で人に問ひて、生かせ、呪う(非)日常編Ⅱ

 

『キーン、コーン…カーン、コーン』

 

(朝のアナウンスで飛び起きる。いつの間にか眠ってしまっていた。)

 

(のそのそと起き出すエイ鮫とタマを尻目に、私は部屋の扉を開けた。)

 

 

 

【研究教室内 リビング】

 

(そこに、大場は いなかった。)

 

「キーボ、大場は?」

 

「…先に、探索へ出掛けました。」

 

「あいつが動いたら呼んでって言わなかった?」

 

「……すみません。大場さんに、春川さんは寝不足気味のようだから起こすなと…言われまして。」

 

「……大場を見張れって言ったのは、あんただよ。」

 

「そうですね。けれど、”内なる声”によると、『まだ大丈夫』だそうです。」

 

(まだ、大丈夫…?視聴者は…コロシアイが起こるタイミングが分かってるってこと?)

 

 

「1人と1台で何コソコソ話してるのー?朝ごはんにしようよ!…って、朝ごはんなんて なかったね。」

 

「クソ…腹減ったな。」

 

「仕方あるまい。全員で また食料を探す他ないのう。」

 

「大場さんは先に出たみたいだね。」

 

「大場さん…無茶してないといいんだけど…。」

 

(居間にタマやエイ鮫、羽成田たちも集まってきた。そして、すぐに それぞれ食料探しに散って行く。)

 

(とりあえず…私は、大場を探そう。)

 

(モノパッドを確認するが、大場の位置は、この研究教室内を示していた。)

 

「大場さん、モノパッドを置いていったようですね。この寒さで壊れるかもしれないと思ってのことでしょうか。」

 

(”前回”以前のコロシアイの記憶によると…電子生徒手帳は寒さより熱に弱い。このモノパッドも同じなら、大丈夫なはずだけど…。)

 

「春川さん、ここはボクに任せて、大場さんを探してください。」

 

(胸を叩くキーボに頷いて、私はログハウスの外に出た。)

 

 

 羽成田の研究教室方面を探す

 カジノ方面を探す

 校舎内を探す

全部見たね

 

 

 

(裁きの祠や市ヶ谷の研究教室を探したけれど、大場の姿はなかった。)

 

(市ヶ谷の研究教室の隣…”前回”のキーボの研究教室とは かけ離れたプレハブ小屋へ入る。)

 

 

 

【超高校級のパイロットの研究教室】

 

「……何か用かよ。」

 

(研究教室に入ると、警戒した様子の羽成田が青い顔で こちらに振り返った。研究教室内には、宝箱が置いてある。)

 

「……食料探しだよ。あと、大場も探してる。」

 

「…食料なら少しだが、そこの宝箱に入ってたぞ。」

 

(羽成田が いくつかの缶詰めを見せる。)

 

「あんた、顔色 悪いけど…。」

 

「………。」

 

「何でもねーよ。せっかくの航空機が雪まみれだから苛立ってんだ。」

 

「…もう飛べないの?」

 

「メンテナンスすればなんとかな…。」

 

「あんたはメンテナンスもできるの?」

 

「……前は簡単なモンしかできなかったが、いくつか教わったことがあるからな。」

 

「そう。」

 

「……嫌なこと思い出させんじゃねーよ。」

 

「……嫌なこと?」

 

「どうでもいいだろ。」

 

「そこまで言われたら気になるんだけど…。」

 

「チッ…パイロットでもなんでもねぇヤツだったんだよ。それを教えてきたのは。主人の依頼で航空機について勉強したってだけのレベルの素人だ。」

 

「そのくせ、パイロットとしてのオレの仕事も奪いやがった。…大金が手に入るチャンスだったのによ。」

 

「…あんた、何で そんなに金が欲しいの?」

 

「テメーには関係ねーだろ。」

 

(羽成田は冷たい声を残して、研究教室を出て行った。私も移動するため、研究教室の扉をくぐった。)

 

 

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【カジノ前】

 

「おや、春川さん。食料は見つかったかい?」

 

(カジノの前に、綾小路が立っている。)

 

「まだ何も。あんたは?」

 

「いや、残念ながら、この中には何もなかったよ。」

 

「カジノの中は誰かいた?」

 

「誰もいなかったよ。カジノの地下も雪で埋まって遊べる状態ではないからね。そっちの建物は どう頑張っても入れないようだしね。」

 

(綾小路がカジノの向こうのギラギラした建物を指差す。)

 

「……。」

 

「どうしたんだい、そんな目をして。……ああ。あの建物に いかがわしいイメージを持っているんだね。」

 

「しかし、今あの業界も外国人向けのインバウンド事業に乗り出していたり、女性同士でパーティーに使ったり、様々な活用がされると聞いているよ?」

 

「それに、歴史的に見ても面白いんだよ。江戸時代の出会茶屋や大正期の『そば屋の2階』…それらが昭和で円宿や連れ込み旅館に姿を変えた。」

 

「もはや我が国の文化なんだよ。2つの意味で風俗史と言える。性の話題に不寛容なこの国でありながら、自由恋愛の象徴としてーー…」

 

(話が長くなりそうなので、私はそっと綾小路から離れ、来た道を戻った。)

 

 

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【校舎1階エントランス】

 

(雪の降り積もった校舎に入ると、エイ鮫と麻里亜が出てくるところだった。)

 

「春川か。何か見つかったか?」

 

「何も。大場も探してるんだけど、どこにもいないね。」

 

「大場?…俺は2階から4階、くまなく調べたが、人はいなかったぜ。地下と1階は どうだ?」

 

「…ううん、誰も…いなかったよ。」

 

「……そう。」

 

「…ついでに言やぁ、朝殻や絵ノ本の死体も綺麗になくなってやがったよ。最初にモノクマに殺された あの男と同じだな。」

 

(モノクマに殺された…キーボに似た男…。)

 

「裁判後は、哀染や雄狩の死体も…血痕や血の匂いすら消えちまってたな。まるで…あいつらの存在が、もともと なかったかのように…な。」

 

「………。」

 

(”前回”も、そうだった。裁判後は、事件に関するものがなくなって…現場は元の状態に戻っていた。)

 

(……王馬が集めた証拠品は残ってたけど。)

 

「春川、俺たちは少ないが食料を見つけた。お前さんも、一区切り付いたなら俺の研究教室に戻って休憩しな。」

 

「分かった。大場を見つけたら そうするよ。」

 

「そうかい。……無理するなよ。」

 

 

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【裏庭 ボイラー室前】

 

(食堂のテラス側を抜け、裏庭方面へ やって来た。…ところで、裏庭の建物から大場が出て来た。)

 

「あ、春川さん。見て、少しだけど、食料 見つけたよ!」

 

(大場が笑いながら近付いて来る。けれど、その笑顔には どこか力がない。それに…)

 

「あんた…すごい汗だよ。顔色も良くない。それに…なんかケガしてない?」

 

(大場は右腕を庇うように食料を持っている。その青い顔には、汗が浮かんでいた。)

 

「え?そんなことないよ!!大吾郎は今まで病気や怪我をしたことがないんだ!とっても健康で頑丈なんだから!」

 

「無理してるでしょ。さっさと戻って休むよ。」

 

「大丈夫だって。春川さんを持ち上げることだって…ゲッホォ!」

 

(急に大場が こちらを抱え込むような仕草を取ったので、つい反射的に急所に一発お見舞いしてしまった…。)

 

「さ、さすが春川さん…いい拳持ってるね…。」

 

(特に力は入れてなかったためか、大してダメージはなかったようだ。大場は数回 咳き込んだ後、また にこりと笑った。)

 

 

「弟とのケンカを思い出すよ。」

 

「……前にも、弟がいるとか言ってたね。」

 

「うん。あの子とは…あの子が家を出るときに大ゲンカしちゃったんだ。もう1年も前…。」

 

「……そう。」

 

「でも、テレビで あの子の姿は見てるから、心配はしてないよ。」

 

「…芸能界にでも入ったの?」

 

「違うよ。入ったのは犯罪組織。テレビを見るに、まだ捕まることなく楽しく元気にやってるみたいなんだ。」

 

(それは、心配した方がいい…。)

 

「その顔、心配してくれてるんだね。大丈夫。大吾郎は前向きに、希望だけを見て前に進むから。いつか、あの子とも また笑い合える日が来るって!」

 

「あ、もう8時過ぎなんだね。雪も降ってきたし、やっぱり1度戻ろう。」

 

「……もう9時過ぎだよ。」

 

「えっ、本当に すぐ時間ズレちゃうんだね。ズレるってレベルじゃないけど、安物だね。」

 

(大場は右腕にした時計を見て言った後、フラフラと危うい足取りでログハウスへ向かって行く。私も それに続いた。)

 

 

 

【超高校級のサンタクロースの研究教室】

 

(麻里亜の研究教室に、また全員が集まった。)

 

 「学園中 探して見つけた食料は…これだけじゃな。」

 

(それぞれが見つけた食料は、缶詰め4つに乾パン5枚、小さいキャラメルが3つ。)

 

「……少ねぇな。何も見つけてねーヤツ、本当は こっそり食っちまったんじゃねーだろうな。」

 

「見つけられなかったのは申し訳ないけど、そんな風に言われるのは心外だよ。」

 

「そうだよ、ハネゾラちゃん…。そんな風に、言わない…でよ…。」

 

「あ?どうしたお前?」

 

「タマさん…何か、顔…赤くない……?」

 

「体調が悪いのではないか?汗もすごいぞ。」

 

(確かに、タマの顔は赤い。)

 

「え……?何言ってるの?寒い…くらいなのに。」

 

「いえ、タマさんの顔色からして、体温が平常とは思えません。」

 

「キーボーイまで…。こんなの、全然……。ほら、平、気…」

 

(座り込んでいたタマが立ち上がりーー膝から崩れて倒れた。)

 

 

「…!タマ!!」

 

「タマさん!?」

 

(タマに1番近いエイ鮫が駆け寄り、彼女を抱える。その手をタマの額に当てて、動揺した声を上げた。)

 

「…すごい熱!た、大変…!」

 

「エイ鮫、タマを寝室に寝かせるぞ。春川、水を持って来てくれ。」

 

「わ、分かった!春川さん!」

 

(素早くタマを女子の寝室に運ぶ麻里亜に続き、私とエイ鮫は昨日 女子用にした寝室に入った。)

 

 

 

【研究教室内 女子用寝室】

 

(タマをベッドに寝かせて布団を掛ける。彼女の目は苦しげに伏せられ、肌に汗が浮かんでいる。)

 

「この雪の中…無理をさせすぎたか。」

 

「タマさん…。」

 

「エイ鮫、春川。タマの看病を任せるぞ。」

 

「う、うん…。」

 

「……。」

 

(まずい…。こんなに早く、倒れる奴が出るなんて……。)

 

 

(全滅が…難しくなる。)

 

(全員が弱っていく中での全滅なら、いい。でも、明らかに体調に差がある場合…殺しが起こりやすくなる。)

 

「春川さん…、だ…大丈夫だよ。きっと、タマさん…良くなるから。」

 

(……嫌になる。こんな時ですら…こんなことしか考えられない自分に。)

 

(そこで、寝室の外から大きい声がして、私は慌てて扉の外に出た。)

 

 

 

【研究教室内 リビング】

 

「おい!テメー、何を考えてやがる!?」

 

「大丈夫!待ってて!必ず、みんなを助けるから!!」

 

(見ると、羽成田の制止を振り払って、大場が外へ出て行くところだった。外は吹雪いているようで、その巨体は すぐに白い世界に消えた。)

 

「何事だ?大場は!?」

 

「あの野郎、この吹雪の中 出て行きやがった。何 企んでやがる!」

 

「待て!吹雪いてきた。俺が行く!」

 

(外に出ようとする羽成田を止めた麻里亜も、扉の外に消える。)

 

「私も行く!」

 

「春川さん!」

 

(麻里亜に続こうとする私の手を、エイ鮫が掴む。)

 

「春川さん、この吹雪だ。君も顔色が悪いし、外に出るべきじゃない。ここでは麻里亜君がプロフェッショナルだ。任せよう。」

 

「………。」

 

「……。」

 

 

(それから30分。大場も麻里亜も帰って来ることは なかった。)

 

「……麻里亜君たち…帰ってこないね…。」

 

「私が行く。あんた達は、ここで待ってて。」

 

「え!?ダメだよ!」

 

「僕も同感だな。麻里亜君は雪道のプロ。そして彼が言った通り、筋肉量の多い大場さんが そうそう野垂れ死ぬことはない。」

 

「チッ…。オレらが行っても足手まといかよ…。」

 

「……言ったでしょ。私も雪に慣れてるって。」

 

「えっ…は、春川さん!?」

 

(エイ鮫の声を背に、私は扉を開けて外に飛び出した。)

 

(外は吹雪で1m先も見えない。感覚だけを頼りに、歩を進める。)

 

(今朝…大場は裏庭近くにいた。もしかしたら……)

 

 

 

【裏庭】

 

(校舎の裏庭。ボイラー室の建物の近くに、大場が倒れている。)

 

「大場!」

 

(大場に駆け寄り、口元に手をかざす。…息はある。けれど、なぜか大場は傷だらけだった。)

 

(早く、連れて帰らないと…。)

 

 

「やあ、春川さん。調子は どう?」

 

「……今、あんたに構ってる暇はないんだけど。」

 

(大場に肩を貸す形で、雪を踏みしめながら、現れたクマを無視して来た道を進む。)

 

「相変わらず冷たいなあ。せっかく、白銀はくぎんの世界を通常通りに戻す方法を教えてあげようと思ったのに。」

 

「……どういうこと?」

 

「うぷぷぷぷ。この雪を降らせている機械が学園内にあるんだよ。そこで装置を止めれば、この吹雪も止むし、食堂の雪解けもあったりなかったり?」

 

「…それは、どこにあるの?」

 

「いいの?吹雪を止めたら、春川さんの目論みもオジャンかもよ?」

 

「……!」

 

(モノクマの言葉に、心臓が大きく跳ねた。モノクマに言葉を放とうとした瞬間。)

 

 

「春川!」

 

(ログハウス方面から麻里亜の声がして、モノクマは笑い声だけ残して消えた。)

 

(モノクマは…私が全滅を狙っていることを知っている?……いや…それは、きっと前に起こした火事によるものだ。)

 

私の記憶については…気付かれていないはず…。)

 

「おい!どうして お前さんが外に出ている!?」

 

(私が考えている間に、麻里亜が吹雪の中から姿を現した。)

 

「…何で大場は傷だらけなんだ!?……とにかく、研究教室に戻るぞ。」

 

(麻里亜が私を促して、その小さな体に大場を背負った。どこから力が出ているのか、彼は大男を背負ったまま雪の中で私の数倍は素早く歩いている。)

 

「……麻里亜、ログハウスは すぐだし、あんたなら大場を運べるよね。」

 

「……何を言ってる?」

 

「先に戻ってて。」

 

「…!?おいっ!」

 

(麻里亜の大声を無視して、私は校舎を目指した。)

 

 

 

【校舎4階 廊下】

 

(”前回”、入間に言われて入ったプログラム世界は…雪山だった。そこは、実際に寒さを感じる世界だった。)

 

(今回も…何か関係があるとしたら…モノクマの言っていた装置も、ここにあるかもしれない。)

 

 

「いいの?吹雪を止めたら、春川さんの目論みもオジャンかもよ?」

 

 

(…違う。このまま雪の世界に閉じ込められれば…全滅じゃなくて、殺人が起こる。それなら…私は止めなければならない。)

 

(真っ暗な廊下を進む。なぜか校舎の中まで吹雪いていて、視界が悪い。降り積もった雪に埋まりながら進むため歩みは亀のようにノロい。)

 

(……雪に足が取られる。身体の震えが収まらない。睡眠不足と空腹のせいか…目が霞む…。)

 

 

 

【校舎4階 コンピュータールーム】

 

(やっとの思いで、コンピュータールームに辿り着いた。何とか室内に入ると、中は凍りついていた。)

 

(コロシアイシュミレーターの本体や その周囲に触れるが、凍てつく機械は何の反応も示さない。徐々に、氷の機械に触れる手の感覚が なくなってきた。)

 

(……まずい。)

 

(まぶたが…重い。身体の震えは治ったものの、身体に…力が入らない。眠い…。)

 

(私は そのまま、重力に従って目を閉じた。)

 

 

…………

……

 

「春川さん!」

 

 

(遠くで、誰かが呼ぶ声がする。何度も何度も。泣きそうな声で。)

 

「春川さん!!!」

 

(まぶたを持ち上げると、エイ鮫の顔が目の前にあった。)

 

「良かった!春川さん!良かったぁ!」

 

(エイ鮫にキツく抱きしめられている。少しだけ、暖かい。)

 

「全然良くねぇよ。低体温症だ。早く連れて帰って温めねぇと…。」

 

「クソが…手間かけさせやがって。」

 

(身体が浮いて、誰かに背負われたのを感じた。)

 

 

 

【超高校級のサンタクロースの研究教室】

 

「春川、水 飲めるか?本当は白湯を出してやりてぇが…温めようとすると すぐ蒸発しちまうんだ。」

 

「春川さん、さっき食べてないでしょ?これ、春川さんの分の食べ物…。少ないけど…。)

 

(暖炉の火で身体を温め、差し出された水を飲み込む。キャラメルを口に入れて咀嚼すると、ゆっくりと身体の感覚が戻ってきた。)

 

「世話…かけたね…。」

 

「本当だぜ。何で あんなとこいたんだよ。」

 

「………。」

 

「モノクマに…あそこに雪を止める装置があるって言われたんだよ。」

 

「マジか!?それで、このワケ分かんねー状況が変えられるのか!?」

 

「……でも、凍ってて動かなかった。」

 

「……クソッ。」

 

「モノクマが言ったことが本当なら…もう1度 確認しておいてもいいかもしれんのう。」

 

「そんな装置をモノクマが用意するとは思えませんが…。」

 

「春川さん…頑張ってくれたんだね。ありがとう。…春川さんが無事で、本当に良かった。」

 

(エイ鮫が私の手を取って笑った。)

 

「……大場は?」

 

「大場さんは、男子の寝室で寝てるよ。」

 

「…あいつは何故か傷だらけだ。今は綾小路が看病してるよ。春川、どこで大場を見つけたんだ?」

 

「裏庭だよ。私が見つけた時には…傷だらけだった。」

 

「テメーがやったんじゃねーだろうな。」

 

「羽成田クン!なんてことを言うんですか!春川さんが大場さんを痛ぶりたいのなら、わざわざ危険を冒してまで吹雪の中 出て行きませんよ!」

 

「……キーボ、ちょっと黙ってて。」

 

「え!?何でボクなんですか!?」

 

 

「やれやれ…。…少しは吹雪が収まったようだな…。薪が足りねぇから、切りに行く。羽成田、悪いが薪運びを手伝ってくれねぇか?」

 

「……何でオレなんだよ。」

 

「すまねぇな…。お前さんが今 動ける奴の中で1番 体力があるからな。」

 

「あ…羽成田君も疲れてるなら、わたしが行くよ。このログハウスの裏に雑木林があったよね?」

 

「チッ…。女に力仕事させられっか。分かったよ。」

 

「って、おい…麻里亜。それでオレを殺そうとか考えんなよ。」

 

(麻里亜が棚の奥からを取り出したのを見て、羽成田は警戒の声を上げる。)

 

「……フッ、怖ぇならお前さんが持ってな。」

 

(麻里亜が斧を羽成田に手渡し、2人は外へ出て行った。)

 

 

「………。」

 

「……なんか、2人きりで話すの、久しぶりだね。」

 

「エイ鮫さん。ボクもいますよ。」

 

「あ、そうだね。ごめん。」

 

「あんたたち…よく私の居場所が分かったね。」

 

「うん。春川さん、モノパッドを持ってたでしょ?それで校舎の4階にいるって すぐ分かったんだ。持って行ってくれてて、本当に良かったよ…。」

 

「キミは麻里亜クンと大場さんが帰って来た途端、ログハウスを飛び出して行きましたもんね。」

 

「うん。麻里亜君が春川さんの様子が おかしいって言うから…慌てちゃって…。」

 

「あんた…4階に よく来れたね。暗所恐怖症は…?」

 

「暗いところよりも、春川さんを失う方が怖いよ。」

 

「……。」

 

「あんた…また、元気なかったでしょ。」

 

「え?き、気付いてたんだ…。」

 

「…隠してるつもりだったの?みんな気付いてたよ。」

 

「そう…だよね。ごめんね。」

 

「キミの口数が少なくなったのは、前回の裁判からでしたね。」

 

「……ダメだね、わたし。また、過ぎたことでウジウジ悩んで。わたしが話したことで、これ以上 犠牲者が出ちゃったら…なんて考えちゃって…。」

 

「……朝殻が死んだのは、あんたのせいじゃないでしょ。」

 

「ううん。わたしのせいだよ。わたしが、余計なことを言わなければ、少なくとも…朝殻さんが死ぬことはなかった…。」

 

「朝殻さんが校舎に行かなければ、殺されていたのは綾小路クンでしたよ。」

 

「うん…。そうなんだけど…。壱岐さんを止められなかった。これまでの殺人だって…止められなかった。」

 

「……。」

 

「そうやってグルグル考えて、ボンヤリして…。それで、また春川さん任せにして…春川さんを危ない目に遭わせちゃった。」

 

「…私は別に、自分で突っ走っただけだよ。」

 

「ううん。これからは、もっと頑張るよ。春川さんに頼ってもらえるように。」

 

(エイ鮫がまた、既視感のある笑顔を見せる。それと同時に、背後から音がした。)

 

 

「おや、失礼。邪魔したかな?」

 

(大場が寝ている寝室から出て来た綾小路が、紙の束を持って立っていた。)

 

「綾小路君、大場さんは?」

 

「今は落ち着いているが、すごい高熱だ。ケガによるものなのか…身体中 傷だらけでね。」

 

「そっか…。わたしは…タマさんの様子を見ておこうかな。」

 

(エイ鮫が立ち上がって、タマが寝ている女子の寝室へ入って行った。)

 

(綾小路は私の目の前に腰を下ろし、手にしていた紙の束を差し出してきた。)

 

「……何?」

 

「簡単なお見舞い品だよ。ただ身体を休めるだけというのは退屈だろうからね。犯人当てクイズにアナグラムに回文。どれがいいかな?」

 

「綾小路クンが作ったんですか?」

 

「まあ、僕は君を助けに行けなかったからね。せめてものお詫びのつもりさ。」

 

「そんなこと、気にしてないけど…。」

 

「そうですよ。綾小路クンはエイ鮫さんの代わりに、タマさんと大場さんの看病で残ったのでしょう。」

 

「まあ、そうなんだけどね。春川さんが受け取ってくれれば僕の気がすむから、受け取ってくれないかい?」

 

(犯人当てやアナグラムは やる気になれず、彼が作ったという回文を手に取った。)

 

「回文というのは…。」

 

「回文は、上から読んでも下から読んでも同じ文というものさ。」

 

「『世の中madam化なのよ』…『中、A Santa at NASAかな』……。」

 

「一時期 回文作りにハマっていてね。今は各国語で作るのに凝ってるんだ。今ここが雪に覆われてから考えていたものを書き出してみたんだけど。」

 

「どうだい?なかなかの自信作だよ。」

 

(正直…微妙……。)

 

「えっと…回文になってないものもありますが…。『田中のカナダ』とか『垣屋のヤギか』とか。」

 

「昔の庶民は『いかだ』も『いがた』も『いかた』と表記していたんだよ。その理論を使えば、これも回文というわけさ。」

 

「そうなんですか…。」

 

(しばらく、綾小路の見舞いの品だという微妙な回文を延々と読ませられた。)

 

 

(そうしてるうちに、羽成田と麻里亜が戻ってきて、タマの寝室にいたエイ鮫も出てきた。)

 

「また吹雪いてきやがった。これ以上 今日は探索できねぇな。」

 

「晩飯なしかよ…。」

 

「タマさんや大場さんに…栄養あるもの食べさせないといけないのに…。」

 

「それより、寝るところだけど…今日は ここで雑魚寝になりそうだね。」

 

「はあ?」

 

「寝室はタマと大場が使ってるからな。」

 

「宿舎の掛け布団はあるから、何とか みんなで寝られそうだね。」

 

「……男女分かれて寝室の床で寝りゃいいだろ。」

 

「あいつらの熱が伝染らねぇとも限らねぇからな。」

 

「どうしたんだい、羽成田君?大丈夫、君がケモノになって女性陣に襲いかかったら止めるから。」

 

「襲わねーよ!!」

 

(…という一悶着の後、タマと大場の寝室の外のリビングルームで各々 布団を被って寝ることになった。)

 

…………

……

 

(カタリと、ほんのわずかな物音に意識が持ち上がった。)

 

(……また寝てしまっていた。)

 

「春川さん…あの…。」

 

(キーボが扉を指差した。他の奴らを起こさないように、静かに扉を開けた。)

 

 

「…どこ行くの?」

 

(ログハウスから外に出た麻里亜が こちらを向いた。)

 

「……春川、起こしちまったか。なに、吹雪も止んだから、食料探しだよ。ついでに、お前さんが言ってたコンピュータールームも見てくるさ。」

 

(確かに、雪が止んで空には星が輝いている。)

 

「……。」

 

(空を見上げていると泣きたくなるので、また麻里亜を見下ろした。)

 

「夜の探索は危険だって、あんた言ってなかった?」

 

「……俺はサンタだぜ?夜の雪山は慣れたもんさ。」

 

「なら、私も行くよ。」

 

「……ダメだ。」

 

「…私も、雪には慣れてる。」

 

「嘘だな…。昼の様子から、お前さんが雪に慣れてるっていうのは大ボラだ。」

 

「……。」

 

 

「フッ…お前さんを見てると、夏休みに大冒険してた小僧を思い出すぜ。」

 

「……は?何、急に…。」

 

「いや…この星空を見てたら…つい、な…。」

 

「ありゃあ、数年前だったか…俺は野暮用で、海賊船に乗っていたのさ。」

 

「……。」

 

「海賊船に俺と同じくらいのガキが乗り込んで来てな。そいつは、うちの頭と取っ組み合いのケンカ始めやがった。」

 

「それでまあ、和解したのか頭とも懇意になってな。俺と奴も話すようになったのさ。ちょうど、こんな星空の下で夢を語り合ったもんさ…。」

 

「…そういう話は、他の奴らにした方が、いい反応が返ってくると思うよ。」

 

「まあ、待て。俺が言いたいのは…お前さんが、その小僧と同じってことだよ。」

 

「同じ…?」

 

「お前さんは、何でも1人でしようと思ってねぇか?適材適所を考えて、もっと人を頼った方がいいってこともあるのさ。」

 

「……。」

 

「昼のこともある。大人しく休んどきな。」

 

(麻里亜は私に背を向け、あっという間に目の前から消えた。私は、また音を立てないように室内へ戻った。)

 

 

「春川さん、休んでください。“まだ”大丈夫なはずですから…。」

 

「………。」

 

(小声で言うキーボに頷きを返して、私は瞼を閉じた。今までの疲れと、昼に無茶したことが重なったせいか、睡魔は すぐに襲ってきた。)

 

「テメーは1人じゃねーんだからな。」

 

 

(夢で見た”あいつ”の声が頭の中に響く。)

 

(私が1人なのは…『ダンガンロンパ』を終わらせるため。これは、1人でしか…できない。)

 

…………

……

 

『キーン、コーン…カーン、コーン』

 

(麻里亜は明け方前に帰って来た。いくつかの食料を持って。けれど、病人2人と他4人に十分と言える量じゃない。)

 

「春川さん、おはよう。」

 

「おはよ…。」

 

「……。」

 

「おはよう。麻里亜君、今朝方どこか行ってたのかい?」

 

「ああ…せめて朝食分の食料がねぇかと思ってな。…こんなスナック菓子しかなかったがな。」

 

「あ、ありがとう。じゃあ、タマさんの分、食べさせてくるよ。お菓子でも、ないよりマシだし。」

 

「ああ…俺は大場に食わせてくるかな。」

 

「今朝方から また吹雪だ…。お前さんらは吹雪が止むまで休んでな。」

 

(…私も2人の様子を見ておこう。)

 

 

 

【研究教室内 女子用寝室】

 

(エイ鮫の後ろに続いて、タマが眠る寝室に入る。寝室の暖炉にも火があり、室内は暖かい。)

 

「やっぱり…ひどい発汗と熱…。早く病院に行かないとなのに。」

 

(タマは昨日と同じくらい、苦しげに呼吸している。エイ鮫が声を掛けると、ぼんやり目を開けた。)

 

「……ごめんね、迷惑かけて。」

 

「迷惑なんて、そんなこと誰も思ってないよ!」

 

「ううん…ただでさえ…私なんていても…みんなを怖がらせるだけなのに。ここまで…足 引っ張るなんて…。誰かに殺されても…文句は言えないよ。」

 

「じょ、冗談でも そんなこと言わないでよ!」

 

「でも…もし、私が殺されれば…このモノクマが言う通り…雪もなくなる…かもだよ?」

 

「もう!だから、そういうこと言わない!あ、春川さん。これ、そこのゴミ箱に入れてくれる?」

 

(弱々しい声で言うタマに、掛け布団を直しながらエイ鮫は力強く言い放ち、私にスナックの袋を寄越した。)

 

(…エイ鮫の方は、少しは元気になったみたいだね。)

 

「……タマ、あんたは余計なこと考えないで、体調を戻すことだけ考えなよ。」

 

(私は空のゴミ箱に袋を捨てて、隣の大場が寝ている寝室に向かった。)

 

 

 

【研究教室内 男子用寝室】

 

(隣と同じく、暖炉の灯った室内は暖かい。ドアを開けると、麻里亜が振り向いた。)

 

「春川…タマの様子は どうだった?」

 

「袋の菓子は食べてたよ。まだ熱はあるみたいだけど…。」

 

「そうか。大場の方は…意識が戻らねぇ…。」

 

(大場も、ひどい熱と発汗があるのが見て取れた。加えて、彼は全身 傷だらけだ。)

 

「傷のための熱なのか…疲れか、風邪か、ウイルスか…。原因が分からねぇから、対策のしようもねぇな…。」

 

(2人立て続けに倒れた…。ウイルス性のものなら、かなり まずい。けれど…タマと違って大場は傷だらけだった…。)

 

 

 

【研究教室内 リビング】

 

(昼を過ぎて、ようやく雪が収まってきた。私たちは また、食料探しに行くことになった。)

 

「昨日のこともある。今日は全員で校舎を探す。単独で動いてくれるなよ。」

 

「手分けした方が早いだろ?」

 

「いや、俺は今朝方まで校舎以外は全部見たんだよ。後は校舎だけだ…。」

 

「校舎もコンピュータールームは覗いたんだがな…機械のことは俺にはさっぱりだ。」

 

「オレなら分かるかもしれねー。1回行ってみっか。」

 

「エイ鮫、タマ達の看病で残ってもらうか…。」

 

「あ、昨日のこともあるし、春川さんに看病を任せてもいいかな?」

 

「春川は…昨日の晩から外に出たくてウズウズしてるみてぇだが…どうする?」

 

「タマと大場は、今は落ち着いてんだろ?食料確保が先決だ。全員で食料 探した方がいいだろ。」

 

「フム、確かに。彼女たち…いや、彼と彼女のために今できることは、栄養ある食料を探すことかもしれないね。」

 

「……。」

 

「春川さん、大丈夫ですよ。大場さんはボクが見ておきますから。」

 

(弱った2人だけなら…殺人は起こらない。そこに、弱っていない1人が加わるよりも。)

 

「……食料が かなり危機的だからね。みんなで食料確保に動いた方がいいと思う。」

 

「そっか…。でも、無理しないでね?」

 

「よし、頑張って みんなで食料を見つけよう!」

 

「…ああ。お前さんら、無茶するなよ。」

 

 

 

【校舎前】

 

「……。」

 

「どうした?」

 

(校舎前に差し掛かって、羽成田が足を止めた。)

 

「いや…昨日、5階で何かが動いたと思ったんだがーー…」

 

「…!何かって何!?」

 

「な、何だよ?見間違いだろ。吹雪いてた時なんだから。」

 

「春川さんを探しに行った時かい?帰る時かい?」

 

「行きだよ。帰りは、そんな余裕なかったからな。」

 

「そうだね。羽成田君、春川さん おんぶしてたし。」

 

「ホウ。意外なこともあるもんだ。」

 

「俺じゃ、タッパがねぇからな。少しでも雪から遠い位置で おぶってやらねぇとってことで、羽成田に頼んだのさ。」

 

「…したくてやったワケじゃねーよ。」

 

「……。」

 

(5階で何かが動いてた…。でも、確か…5階の窓は、磨りガラスだった。吹雪の中、あんなに遠くの、しかもガラスの向こうが見えるとは思えない…。)

 

「な、何だよ…そんな目で睨むなよな。」

 

(…本当に、見間違い?)

 

「テメー…あの中おぶってやったってのに、睨むんじゃねーよ。感謝しやがれ。」

 

「……ありがと。」

 

「は!?」

 

「………チッ。まあ、オレが行って正解だったな。綾小路は体力もなさそーだしよ。」

 

「失礼な。僕はマーシャルアーツも かじっているんだよ。」

 

「意外だな…。そうは見えねーが。」

 

「もちろん、自分の身体は動かしていないさ。格闘技についてリサーチして頭に入れているってことだよ。」

 

「役に立たねーな。」

 

「そんなことないよ。最近 研究しているネオ格闘技。これは2人の師弟が何となく作って何となく発展させた歴史がドラマチックでーー…」

 

「役に立たねーって!」

 

 

 

【校舎4階 コンピュータールーム】

 

「クソッ!操作できねー!」

 

(吹雪いていない分、昨日より簡単に4階に辿り着いた。…ものの、昨日と同じくコンピュータールームの機械は凍り付いていて操作できないままだ。)

 

「……吹雪を止める装置が、ここじゃない可能性もあるけど…。」

 

「いや、装置を見るに、ここで間違いねぇ。」

 

「そんなこと分かるんだ?」

 

「パイロット舐めんなよ。ある程度 機械に強くなきゃパイロットになんてなれねーぜ。」

 

「しかし、凍り付いているからソリューションなし。火で炙ったりしたら、コンピューター自体が壊れてしまうだろうね。」

 

「仕方ねぇ…。食料探しに移るか…。俺は地下から探す。お前さん達は二手に分かれて、探索しながら4階から降りてきてくれ。」

 

(そう言って、麻里亜は雪が降り積もる校舎内を素早く移動して見えなくなった。)

 

 

「…行くぞ、エイ鮫。」

 

「え?わたし?」

 

「フム。じゃあ、僕と春川さんは、とりあえず ここから探すよ。」

 

「え…でも、春川さん…。」

 

「お友達と遊びに来たんじゃねーんだ。体力の配分的にも、これが1番いいだろ。」

 

(エイ鮫は羽成田の後ろに付き、ブルブル震えながら廊下の暗闇に消えて行った。)

 

「体力の配分…か。羽成田君の身の安全的にも、の方が良さそうだ。」

 

(私は綾小路とコンピュータールームから探索した。)

 

(ーーけれど、何も見つけられなかった。)

 

 

 

【校舎前】

 

(夕方近くまで校舎内を探し、2階で麻里亜と合流して校舎前に戻った。) 

 

「クソ…。食料なんざ、どこにもねーじゃねーか。」

 

「全く…モノクマは本当に新たな食料を追加してるのかね…。」

 

(全員が、何ひとつ見つけられなかった。)

 

「どうしよう…もう、日も暮れそうだよ。また雪も降ってきたし…。」

 

「最悪 水さえあれば、しばらく死にはしないさ。水のプレゼントボックスは今朝 補充されていたからね。少々ハードなファスティングだと思おう。」

 

「そんな悠長に構えてられねぇよ。俺たちは まだしも、タマと大場は弱ってるからな。…とはいえ、風も出てきた。戻るぞ。」

 

(再び吹雪いてきた雪の中、研究教室へ戻った。)

 

 

 

【超高校級のサンタクロースの研究教室】

 

(研究教室に入ると、ツリーの光に迎えられた。木の下には、キーボが不自然に転がっている。)

 

「……キーボ?」

 

「え!?ど、どうしたの?」

 

(キーボは機械仕掛けの身体を横たえたまま動かない。)

 

充電切れかもしれないね。前の事件の日も…同じようになってたから。」

 

「そうなんだ…。そうしてると電源が切れたオモチャみたいだね。」

 

「しかし…ここには充電ができるような電気は通っちゃいねーぜ。」

 

「宿舎で充電してきたらどうだ?」

 

「この状況で宿舎の電気が使用できたらいいけどね。」

 

「あれ?ちょっと待って。キーボ君の…これ、スイッチだよね?」

 

(エイ鮫がキーボのうなじ辺りを指差した。確かに、そこにスイッチがある。エイ鮫が、ほんの少し ためらってからスイッチを押した。)

 

「うわ!?み、みなさん。どうして急に目の前に!?」

 

「あ、再起動した。」

 

「え!?」

 

「キーボ、あんた また充電切れみたいになってたよ。」

 

「そんなはずは…あ!まさか、みなさん…緊急停止スイッチに触れましたか!?」

 

「緊急停止スイッチ?…もしかして、キーボ君のうなじにある?」

 

「…うっ、秘密を知ってしまいましたか。」

 

「秘密なのかい?緊急停止スイッチが?」

 

「結構 分かりやすい場所にあるけどね。」

 

「ボクのAIに万が一 不具合が生じた場合のものですから、分かりにくすぎると困ります。」

 

「どっちなんだよ。」

 

「分かって欲しいけれど、隠したい。淡い恋心を謳ったポエムのようだね。」

 

「全然 違ぇし、気持ち悪ぃよ!」

 

「キーボ、お前さんは緊急停止してたのか?いつからだ?」

 

「えーと…」

 

(キーボが記憶を辿るような仕草を取った時、奥の寝室の扉が開いた。)

 

 

「……。」

 

「大場さん、良かった。気が付いたんだね!」

 

「行か、ないと…」

 

「え…?」

 

「どこに行くというんだい?そんなフラフラな体で。外は もう暗いし、吹雪いてきてるんだよ。」

 

「それでも…行かないとッ…ゲホゴホ!!」

 

(壁に掴まり何とか立っているという様子の大場が激しく咳き込んだ。)

 

「お前さん…そんな体で外に出たら、確実に死ぬぜ。」

 

「死んでもいい!みんなを守るためなら!!」

 

(突然、大場がログハウスのドアに走り出す。猛然と向かい来る巨体を全員 慌てて避けたが、麻里亜だけは動かなかった。)

 

「麻里亜君、危ない!」

 

(そして、大場は扉に麻里亜ごと体当たりしたーーと、思ったら、麻里亜は大場と接触する前に彼の背後に移動し、急所に的確な一発をお見舞いした。)

 

(大場の巨体は糸が切れたように、その場に倒れた。)

 

 

「首トン…本当にあるんだ。」

 

「手刀で気を失うというのはフィクションだけだろうけどね。大場さんのように弱っていたり、酩酊している人間には本当に効果があるんだね。」

 

「…とにかく、こいつを寝室に戻すぞ。」

 

(そう言って、麻里亜と羽成田、綾小路が大場を運び、寝室に寝かせた。綾小路と羽成田の動きは緩慢で、フラフラしていた。)

 

(その動きを見て、こちらも疲れを思い出したように、身体が一気に重くなる。)

 

「クソッ…大場、重すぎんだよ。」

 

(羽成田が、大場のベッドの隣に座り込んだのが見えた。が、すぐに綾小路と麻里亜の2人が寝室から出て来て、寝室の扉は閉まった。)

 

「お前さん達、タマと大場を頼んだぞ。」

 

「え…麻里亜君、どこ行くの?外、 吹雪き出してるよ?」

 

「俺は吹雪の中でも大丈夫さ。大場が行かなきゃなんねぇって所に行ってみる。」

 

「さすがに…吹雪の夜に1人じゃ危険じゃないかい?」

 

「お前さんらは帰って来てからフラフラだからな。連れて行くよか、1人で行った方がいい。」

 

「ちょっと待って。大場が行かなきゃならない所ってーー」

 

(「どこ」と聞く前に、麻里亜は扉から出て行った。)

 

「行っちゃった…。うん、確かに…疲れて、もう体も動かないけど…。」

 

(言って、エイ鮫が膝をつく。そして、そのまま上体を床に倒し、ゆっくり まぶたを閉じた。)

 

「エイ鮫…?」

 

(次いで、自分の体も重力に従い、床に倒れ込んだ。疲れが一気に出たのか、不自然な程の睡魔が襲いかかってきた。)

 

(遠くでキーボが みんなを呼ぶ声が聞こえる。そんな中、私は目を閉じた。)

 

…………

……

 

「おい!何があった!?おい!!」

 

「……。」

 

「春川!」

 

「目が覚めましたか?」

 

(まぶたを開くと、動揺した様子の麻里亜と、キーボが こちらを覗き込んでいた。)

 

(ゆっくり体を起こす。反射的に見た腕の時計は8時半。ここに戻って来たのは6時頃だったから…いつの間にか2時間以上 寝てしまっていた。)

 

「お前さん達、全員 寝ていたのか?」

 

「はい。みんな、気を失うように眠りに つきましたよ。ボクも、なぜか その後の記憶がありません。」

 

(言われて周囲を見回すと、エイ鮫と綾小路も ゆっくりした動作で起き上がってきた。)

 

「うう…頭痛い…。」

 

「さすがに慣れない雪の中で、体力が限界を迎えたようだね…。気を失っていたよ。」

 

「…疲れただけにしては、不自然だよ。あの眠り方は…睡眠薬か、何かだよ。」

 

「あいつらは…大丈夫か?」

 

(麻里亜が私の言葉を聞いて、部屋の奥の扉を開けた。先ほど「外に出る」と起きてきた大場の寝室。その扉の先にはーー…)

 

 

 

【研究教室内 男子用寝室】

 

「……。」

 

(静かに眠る羽成田の姿があった。)

 

(そして…。)

 

(その隣には、至る所が赤く染まったベッド。そこに横たわるのは、既視感のあるポーズで絶命した大場  大吾郎だった。)

 

(”前回” プログラム世界で殺された被害者のように、首を手で押さえた苦悶の表情。その顔は、私の心を代弁するように、苦しみに満ちていた。)

 

(誰もが言葉を失う中で、モノクマの死体発見アナウンスが鳴り響いた。)

 

 

 

非日常編へ続く

 

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