第2章 限りない地獄、まだ見えぬ天国(非)日常編Ⅱ
『キーン、コーン…カーン、コーン』
(朝のアナウンスと共に、モノクマが“プレゼント”について話し始める。視線を向ければ、部屋のテーブルに電子パッドが置かれていた。)
(これも、“前回”と同じ。中は動機ビデオだ。)
(動機ビデオは視界にも入れずに、身支度を済ませた。)
【校舎1階 食堂】
(食堂に羽成田以外が集まり、話題は自然と動機ビデオへ向かった。)
「…あれ、何でしょうか?」
「モノクマが言っていた贈り物だね。」
「…みんな、あれに触った?」
「ううん、触ってないよ。昨日 春川さんに言われたもんね。でも好奇心に抗うって、地味ながら辛い戦いだったよ…。」
「何もせんかった。」
「そうじゃな。ロクでもないもんじゃろうて。」
「らりほー!そんなことよりラッパ吹きたいぞー!」
「私も見なかったわ。」
「う、あ…。皆さん、本当に見なかったんですね。雄狩 芳子は…その、見ません、でした。」
「嘘は言わなくていいんじゃない?あたしは見ちゃったもの。」
「私もー。粘着力が落ちたステッカーみたいに私を捨てた両親情報があるかと思って。」
「自分が忘れているルーツ…見ないわけにはいかないだろうね。フフ…フフフフ…」
「シンプルに気持ち悪い。」
「やはり、好奇心というのは恐ろしいですね。」
「でも、ハルマキちゃんってすごいねー!」
(不意に、タマが意味ありげな視線を向けた。)
「ハルマキちゃんって昨日の時点で、次の動機は『見るもの』って分かってたんだもん!予知能力者みたいだよね。すごいよ。」
(こちらの表情を探るような目だ。やっぱり…昨日のあれは失言だった。)
(そんなことを考えた時、校舎外側の扉が開いた。)
「………。」
「あ!羽成田君。よかったわ。」
「心配していたんですよ!」
「……テメーらの情報をよこせ。」
「どうしたんですか、羽成田クン?」
「…ただ寝てるだけってのもシャクだからよ、ゲームに乗ってやることにしたんだよ。」
「は?ゲームに乗る?」
「まさか、コロシアイに乗るってことじゃないでしょうね?」
「ハッ!テメーらに言いたいことはンなことじゃねーよ。オレは、ここで最も価値あるモンを教えてやるって言ってんだ。」
「価値あるもの…じゃと?」
「ーー情報だ。金はなくとも衣食住は揃ってる。娯楽もある。命の危険もある。この状況で金の代わりになるのは、情報なんだよ。」
「なるほど。平等と書いてコミーと読む世界に、貧富の差を取り入れようって腹かな?キャピタリズムのブタみたいだね!」
「コロシアイの状況でテメーらは相手のことを何も知らない。これは危険なことだぜ?自分と他人の情報を知っておくのは、危機管理にもなる。」
「テメーの情報とオレの情報を交換しようぜ。オレの情報は、その後 好きに使えばいい。」
「情報を持て!オレの情報は売れるぜ!対価を払えばな!」
(羽成田の手には、動機ビデオが収まっている。)
「で、でも、羽成田君…それは動機なんだよ。だから、見ないようにしてる人もいるの。」
「知るかよ。テメーの情報もテメーで知らねーなんて、どうかしてるぜ。」
(さらに羽成田は言って、右手に握られたものを見せた。思い出しライトだ。)
「これも情報だ。テメーらが知りたい情報だ。」
「アーバーアーバー、それはマキが危ないって言ってたものだねー。」
「そうです!触らない方がいいんですよ!」
「オレは これで、記憶の一部を思い出した。」
「!」
「どうして忘れちまってたか分かんねーが、これは重要な”外”の記憶だぜ?このライトをカチッとすれば思い出すみてーだ。」
「フム。ならば僕らも思い出すべきだ。」
「そうじゃのう。体に害がないのであればーー」
「タダじゃ渡せねーな。」
「あぁ?」
「当たり前だ。オレは危険を冒して試したんだ。テメーらに使わせるのもタダじゃできねーな。」
「記憶を思い出したいヤツは支払いを済ませてから使え。」
「支払い?お金なんて誰も持ってないよ?」
「だから、言ったろ?情報が金の代わりだ。記憶を思い出してーヤツは、テメーの動機ビデオを見せろ。」
「動機ビデオ?」
「それって…?」
「……今朝 配られた電子パッドの中身です。」
「私たちの素性の情報…それが、記憶を思い出すための対価ってことね。」
「うぷぷ。とってもいい雰囲気だね!感動しちゃったよ。」
「うわ!?モノクマ!」
「どこが良い雰囲気やねん。昼ドラ好き層に向けた絵本以上のギスギスやわ。」
「絵本に そんな層あるの!?」
「羽成田クンが持っている道具はスペシャルなライトだよ。物体の大きさを小さくしたり大きくしたりできるーー」
「えっ、それって まさか…かの有名な、ビッグとかスモールのライ…」
「…なんてことはないけど、オマエラが忘れた記憶の一部を取り戻せる思い出しライト〜なのです!」
「……あ、そうなんだ…。」
「うぷぷぷぷ。春川さんのせいで思い出しライトも動機ビデオも思ったより使われなかったから焦っちゃったけど、心配いらなかったね。」
「……。」
「おい、モノクマ。このコロシアイは…どっから金 出てるんだ?」
「ん?」
「このコロシアイで勝ったヤツは賞金が貰えんだろ!?いくらだ?」
「ちょっと、ちょっと!何 聞いてんのよ!」
「巨額を投じてコロシアイなんてさせてんだ。この運営の裏で すげぇ金の動きがあるんだろ?」
「んーどうだろうね?トリロジーパックは、1,444ウルグアイペソですが?」
「それは一体いくらなんですか!?」
「うぷぷ。お金が絡むと、人は3章クロみたいに豹変するって言うけど、お金がもらえるなら何だっていうの?羽成田クン?」
「金…賞金があるなら…オレは勝つぞ。全員 殺してでも…優勝してやる…。」
「……!!」
「な、何てこと言うんですか!」
「おやぁ?血気盛んな金狂いが紛れてたんだね。でも、そういう野蛮な考えは困るよ。コロシアイは、あくまで知的エンターテイメントなんだから。」
「ーーじゃあ、こうしよう。校則を追加します。2人を超えた殺しは校則違反。」
「ちなみに、2人同時に死体が出た場合、学級裁判の対象は最初に発見された被害者のクロです。」
「!」
(この校則は…“前回”の3回目の事件で追加されたものだ。しかも、捜査中に2人目の被害者が出た後に。)
(何で今、学級裁判の対象まで校則に追加したの?)
(動揺する私たちを満足げに見たモノクマは笑いながら去って行った。)
「ねーねー。ハネゾラちゃん、さっきのって本気で言ったの?それとも、命狙われにくくするハッタリ?」
「……本気に決まってんだろ。とにかく、記憶を思い出してーヤツがいたら、テメーの動機ビデオを持ってオレの部屋に来い。」
(言い残して、羽成田は食堂を出て行った。)
「羽成田クンは どうしたんでしょうか…。」
「さあね。ストレスで おかしくなったんじゃないの。」
(ーー何にせよ、羽成田の発言で情報を引き出せた。校則を追加したということは、モノクマはそれを避けたということ。)
(1人が全員を殺す。それが、『ダンガンロンパ』にとって最も困るということだ。)
「どうしました?春川さん。みんな行ってしまいましたよ。今日はどこから行きましょうか?」
(気付けば、食堂に残っているのは私だけだった。コロシアイを終わらせる。そのために私が行くべきところはーー…)
【超高校級の幽霊の研究教室】
(校舎2階、壱岐の研究教室に来た。相変わらず薄暗くて不気味な雰囲気だ。)
「今日は、壱岐さんはいないんですね。」
(キーボが暗がりに佇む長い黒髪のマネキンの方を眺めて呟いた。)
「このマネキンが好きなら、ここに乗っておいたら?」
「え!?」
(キーボをマネキンの肩に乗せ、私は教室にある棚から1つ小瓶を取ってポケットに突っ込んだ。)
(前の事件で使われた睡眠薬。もう小瓶は残っていない。これで睡眠薬は全部だということだ。)
「ちょっと春川さん!まさか、ボクをここに置き去りにしようとしていますか!?」
「…しないよ。」
(私は またマネキンに近付いてキーボを拾い上げた。)
「春川さん、さっき棚の前で何をしていたんですか?」
「何もしてないよ。」
「そうですか…。」
【校舎2階 廊下】
「あ、ハルマキちゃん。」
(研究教室を出ると、タマがちょうど こちらに向かって歩いて来るところだった。)
「イキリョウちゃんの研究教室に何か用事?」
「……何でもないよ。」
「タマさんは どうしたんですか?」
「暇だから1人肝試しでもしようと思って。」
「…楽しいですか?それ?」
「楽しいって気持ちは…やっぱり人の心があってこその感情だもんね…。何か…ごめんね?」
「なぜ謝るんですか!?」
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【校舎1階 倉庫】
「広い倉庫ですね。体育用具に園芸用具、非常食、常備薬…何でもありますね。」
(そういえば、今回ここに来るのは初めてだね。)
(辺りを見回して、必要なものがあることを確認した。そのまま、倉庫を出る。)
「あれ?もういいんですか?何か必要なものがあったんじゃ…?」
「後で取りに来るからいいよ。」
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【校舎1階 食堂】
「あら、春川さん。」
(食堂に入ると、キッチンに大場が立っていた。)
「何してるの?」
「何って見れば分かるでしょ?料理よ。食事は いつの間にか用意されてるけど、味気ないじゃない?愛情たっぷりママの味をお見舞いしようと思って。」
「…そう。」
「あら?味は保証するわよ?肉じゃが からワニ料理、アリの卵料理まで、ママの味を堪能するといいわ。」
「それは一体どこの世界のママですか!」
「何だかピリピリした雰囲気だからね。美味しいものをお腹いっぱい食べて、たくさん寝て、それで また明日も頑張りましょ。」
「……手伝うよ。」
「ありがと。今日は羽成田君も夕飯 一緒に食べてもらわなくちゃ。彼、だいぶ やつれていたから。」
(その後、大場がエイ鮫らを引き連れて羽成田を引っ張って来て、全員が食卓についた。)
(私が よそった大場のスープに、全員が口を付けていた。)
(…睡眠薬入りのスープに。)
【寄宿舎 春川の個室】
(すっかり夜は更けている。みんな ぐっすり眠っている頃だ。今のうちに、倉庫から必要なものを持ってきて、全部終わらせないと…。)
(全員を殺して、校則違反で処刑されるために。『ダンガンロンパ』を終わらせるために。)
(一度に全員を殺すのは、刃物や銃器じゃダメだ。2人以上を殺した時点で、モノクマにやられる。)
(爆弾は…市ヶ谷が言うには作れそうにない。)
(だから…全員が睡眠薬で眠っている間に、寄宿舎に火を放つ。外から介入できないくらい火に勢いがあれば、モノクマも邪魔できないはずだ。)
(全員を殺す。私に…できるだろうか。)
(不意に湧いた疑問を振り払い、クローゼットのキーボに聞こえないよう そっと部屋の扉を開けた。)
【寄宿舎 ホール】
(倉庫から灯油とライターを持ってきた。灯油を宿舎の外側を囲むように、宿舎内にも大量に撒いた)
(出口付近に火を付けると、建物を取り囲む灯油にすぐ引火して広がった。宿舎内にも あっという間に燃え広がった。)
(この火の勢いなら…大丈夫だ。)
(すぐに けたたましい音が鳴り響いた。火災報知機だろう。けれど、睡眠薬を食事に混ぜたから、誰も起きてこない。これで、終わりだ。)
(ーー後は、ドアの耐久度が どのくらいなのかが問題だね。みんなが起きる頃には、確実に脱出不可能になっているはず。)
(けれど、苦しませたくない。ドアが早めに壊れて眠っている間に一酸化中毒にでも なってくれればーー…などと考えていると、)
(ガチャリと、1つのドアが開いた。)
「何の音!?って、ハルマキちゃん!?わあ、火事!火事だよー!」
「!?」
(夕食時に確かに睡眠薬を盛ったタマが大声を上げた。)
「何の騒ぎだ!?」
(タマの声に次いで、麻里亜が飛び出して来てーー)
(小柄な身体に合わない俊敏さで初期消火をやってのけた。数分と経たない内に、燃え盛る炎は消えていた。)
「フウ…。これで…安心だな…。」
「すごいすごい!マリユーちゃん!赤い服も相まって、さながら小さな消防士さんだったよ。」
「フォッフォッフォッ。しかし、妙じゃな。いくら深夜といえど、誰も起きて来んとは。」
「本当。ドア叩いても みんな起きないんだもん。よっぽど深く眠っているらしいね、ハルマキちゃん。」
「……そうだね。」
(どうして…。2人は睡眠薬入りのスープを飲まなかったの…?)
(ーーいや、2人とも飲んでいたのを見た。)
…………
……
…
(朝を迎えて、みんなの扉を叩くと、ようやく全員が起きてきた。初期消火できたとはいえ、黒く焦げた床や天井を見て、みんな目を丸くした。)
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「どういうことですか!?どうなってるんですか?」
「大丈夫じゃ。ボヤじゃったから。」
「あれってボヤかなあ?でも、みんなグッスリ寝てたね?」
「ええ。今日はびっくりするくらい寝つきが良かったわ。」
「せやな。」
「やあ、みんな。大変なことになっちゃったね!」
「モノクマ。」
「ボクも朝からビックリだよ。朝から起きて働かなきゃいけないなんて…とんだブラック企業だよね。」
「普通は朝から働くぞー?」
「というわけで、寄宿舎は修繕作業のため しばらく立ち入り禁止です。オマエラは適当に散っててね。」
「…オレ、手伝ってやるよ。」
「んー?」
「今までのお扉はピッキングできそうだったからな。おドアにピッキング防止加工を施してやらあ。」
「んー…いいよ!採用!」
「それにしても、なぜ火が出たのかしら。…灯油の匂いがするけれど。」
「誰かが故意に火を付けたってことになるね。」
「そんなことしたら みんな死んじゃうよ!?」
「それが狙いだろーが。オイ、誰なんだ!?出てきやがれ!」
「でも…2人以上 殺したら、処刑されちゃうんだよね?そんなことするかな…?」
「もしかして、次の殺人のために動き出した人がいるのでは…。」
「………。」
「はいはい、オマエラ邪魔だよ!さっさと散った散った。」
「大変なことになっちゃったわね。朝食は、とびきり美味しいもの作るわよ。」
(宿舎から追い出された私たちは、いつもより早めの朝食を取り、それぞれ調査に向かった。)
「…昨日の夜、そんなことがあったんですね。ボクも呼んでくれれば良かったのに。」
「あんたは部屋で充電してたでしょ。」
「まあ、この身体では あまりお役には立てませんが…。でも、炎が燃える様子を写真に写したり、音を録音したり、ライトで照らしたりできますよ!」
(火事の時 役に立ちそうにない機能を羅列して、キーボは胸を張った。)
(みんなを殺して処刑される…これは失敗に終わった。また、『ダンガンロンパ』を終わらせることができなかった。)
(それどころか、余計な疑心暗鬼を生んでしまった。)
(私ができることは…もう、これからのコロシアイを止めることだけだ。)
「春川さん。今日は、どこへ行きましょうか。」
【超高校級の舞闘家の研究教室】
「春川さん!今朝は災難でしたね!」
「そうだね。」
(雄狩は、火事が次のコロシアイを目論む人間によるものだと話していた。)
「あんた、火事について…どう思う?」
「春川さん…もしかして、雄狩 芳子が不安になっていると心配してくれているんじゃないですか?」
「……。」
「大丈夫です!一瞬 不安になりましたが、犯人の火事作戦は失敗してるんです。きっと今回はコロシアイを阻止できますよ!」
「ぬおおおを!!雄狩 芳子は燃えていますよ!焼け焦げた寄宿舎のように!」
「……そう。」
「それにしても、市ヶ谷さんは心の中まで美しいですね!火事の修繕を買って出るなんて!」
「心の中まで…?」
「そうです!恋する乙女であり、才能があり、それを人のために使えるなんて素晴らしいです!」
「なんと、蝶ネクタイ型の変声機やキック力を増強するシューズも作れるそうですよ!」
「彼女は、昔 近所に住んでいた女の子とそっくりです!雄狩 芳子は、その子を目標にしてるんですよ!」
(雄狩は興奮した様子で話し続ける。)
「その子は『美人すぎる』を枕詞にされるほど見目麗しく、さらにさらに才能もあってーー」
「…って すみません!つい、熱くなってしまいました。あの燃えた寄宿舎のように!」
「燃えた寄宿舎を枕詞にするのは、どうかと思いますよ。」
「何はともあれ、春川さん!絶対!コロシアイを阻止しましょうね!全員で早く脱出して、大切な人の無事を確認するんです!」
(彼女は私の手を痛いほど強く握った。私は頷いて、その場を後にした。)
【超高校級の歴史学者の研究教室】
(綾小路の研究教室に入ると、本を読んでいた綾小路が顔を上げた。)
「やあ、春川さん。何か用かな?」
「特に用というわけじゃないけど…。」
「ああ、火事を不安がっていないか見に来たんだね。大丈夫。多少の不安も、文献を読んでいるうちに忘れたよ。」
「忘れる必要はないんじゃないですか?」
「この状況だからね。下手に疑心暗鬼になると、かえって良くない。だから、僕は精神のみを遥か昔に飛ばし、歴史の旅に勤しんでいたわけさ。」
「それは現実逃避と言うのでは…?」
「それより、これを見てくれ。」
(綾小路が広げた文献を指差した。そこには、頰が引きつるような怖ろしい絵が描いてあった。)
「な、何ですか!?この禍々しい絵は!?」
「とある芸術家が描いたものだよ。僕は絵画史も研究しているんだが、まさか彼女の作品を扱った書物があるなんて…素晴らしい…。」
「彼女…?」
「この作品の作者さ。取り憑かれたように作品を制作するが、制作中の姿は誰にも見せない。そんな新進気鋭の芸術家。しかも僕らと同じ高校生だ。」
「……あんた、歴史学者じゃなかったっけ。」
「これから歴史になる人物も僕の研究対象なんだよ。フフ…フフフ…。」
(知的好奇心にゾクゾク身を震わせる綾小路から離れて研究教室を後にした。)
【超高校級の幽霊の研究教室】
「あら、春川さん。キーボ君も。」
(校舎2階の壱岐の研究教室に入ると、棚から壱岐が目線を外して こちらを向いた。)
「ちょうど良かったわ。やっぱり、昨日 私たちは睡眠薬を盛られていたようよ。」
「…そう。睡眠薬がなくなってるんだね。」
「ええ。2つも。」
「2つ?」
「そうよ。一昨日までは2つ瓶があったのに、1つもなくなっているの。」
(どういうこと?昨日 既に睡眠薬は残り1つだった。私が来る前に…誰かが睡眠薬を持っていった…?)
「春川さん?どうしたの?」
「何でもないよ。それで、睡眠薬を持っていった奴がいるんだね。」
「ええ。でも、2つの瓶 全部を昨日の夕食に混ぜたとしたら、体調に支障を来たすはずよ。」
「つまり、犯人は全部 使ったわけじゃない。残りを まだ隠し持っているはずよ。」
「持ち物チェックをした方が良いのでは?」
「…自分の部屋に隠すとは限らないよ。」
「けれど睡眠薬は哀染君の事件にも使われたわ。次のコロシアイに乗ろうとしている人物が持っていたらーー…」
「私が調べるよ。みんなに言ったら、疑心暗鬼のタネになりかねないし。」
「…そうね。じゃあ、お願いするわ。」
(壱岐は一瞬こちらを観察するような視線を向けた後、少し口の端を持ち上げて笑った。)
【寄宿舎 羽成田の個室前】
(羽成田の昨日の発言…。あいつが疑心暗鬼に陥っていたら危険かもしれない。)
「…オレは勝つぞ。全員 殺してでも…優勝してやる…。」
(あの言葉も…聞き覚えがある。)
(羽成田の部屋のチャイムを鳴らす。今日は、チャイムが鳴って すぐに羽成田が扉を開けた。)
「あ?テメーかよ。取引に来たんじゃねーなら帰れ。」
「……。」
(羽成田は片手に思い出しライトを持っている。)
「……あんたさ、賞金が出たらコロシアイに乗るって言ってたけど…本気?」
「……だったら何だよ。」
「そんなことは考えないことだね。でないと…血を見ることになるよ。」
「上等だ!コロシアイなんだから、被害者の血を見るくらいーー…」
「……あんたのね。」
「俺のかよ!?」
「クロとして暴かれれば、おしおきで血を出すのはキミ…ということですね。」
「いたのかよ、鉄ヤロー!ンなこと解説しなくても分かってるっつーの!」
「素材で呼ばないでください!」
「とにかく、コロシアイに乗ろうなんて思わないことだよ。賞金なんて、きっと出ない。」
「何で、ンなこと分かんだよ?」
「……。」
(……ここがフィクションだからだよ。)
(私が黙って立ち去ろうとすると、羽成田は私の背中に声を掛けた。)
「おい、春川。本当にいいのか?お前も、このライトで記憶を思い出すべきだぜ?」
(私が彼を一瞥すると、彼はそれが私の興味によるものだと勘違いしたらしい。ニヤリと笑って、こう言った。)
「“超高校級狩り”。それが、テメーが思い出せていない記憶だ。」
(…超高校級狩り?それは…”前回”も思い出しライトで植え付けられた記憶。)
(動機だけじゃなくて、思い出しライトの内容まで、”前回”と同じなの?)
「超高校級狩りが何か、知っておくべきだぞ。テメーの動機ビデオを見せればーーって、オイ!」
(彼が言い終わらないうちに その場から離れると、彼の怒声が背に降ってきた。)
△back
【校舎1階 倉庫】
「あちこち探して、ようやく見つけた小柄な背中は、倉庫にあった。)
「麻里亜。」
「春川とキーボか…。」
「探しましたよ。」
「探した…?モノパッドとやらを見りゃぁ、俺の位置なんて すぐ分かっただろうに…。」
(言われてモノパッドを取り出す。確かに誰がどこにいるか地図に表示がある。気付いてなかったけれど、”前回”も この機能があったのかもしれない。)
「大方、この電子パッドにGPS機能でも付いてるんだろうよ。で、何か用か?」
「深夜は大変だったそうですね。キミが火事を消したとか。」
「ああ…。サンタとして身体は鍛えているからな。修行時代は炎の中で特訓したものさ。」
「サンタって そんな危険な仕事なんですか!?」
「まあな…。煙突から暖炉の中に入るんだ。火にゃ慣れてるのさ。」
「まあ、俺の場合…サンタ協会に認められるために無茶してたってのもあるがな。」
「サンタにも資格があるのさ。結婚してなきゃいけねぇとか、年齢とかな。その辺りをパスしてねぇから、俺も頑張ったってワケさ…。」
(遠く虚空を見つめる麻里亜は、同世代とは思えないニヒルな笑みを見せた。)
【寄宿舎前】
(宿舎前で、タマがウロウロしている。)
「あ、ハルマキちゃん。まだ部屋には入れないみたいだよ。」
(宿舎入り口に『立入禁止』の札が掛かっている。)
「ねー、ハルマキちゃん。これ見てよ。」
(タマが指差す先には、焼けた地面があった。)
「この焼け跡から見るに、優勝後のビールかけみたいに、灯油が撒かれたんだと思うんだ。」
「しかも、寄宿舎を囲むように、グルリとね。まるで、蒸し料理みたく、私たちを寄宿舎内に閉じ込めて焼こうとしてるみたい。」
「……。」
「でも、おかしいよね?私たち、みーんな寄宿舎にいたのに。みんなの中に犯人がいるとすると、自分の退路を作り忘れたウッカリさんか…」
「もしくは、無理心中か…。」
「……何が言いたいの?」
「火事の犯人がしたいことが分かんないんだよね。本気で。」
「もしかしたら、次のコロシアイの準備のために半焼きにしたのかなとも思ったけど、起きてきた人がいるのは想定外だっただろうし。」
「私みたいなラクダのコブには分からないや。」
(タマは私の顔をじっと見ている。)
「………でも、もしかしたら、モノクマの昼ドラばりの疑心暗鬼トラップかもね。気にしなくていっか!」
(私が反応を返さないと悟ったらしく、タマは笑って どこかへ行ってしまった。)
△back
【寄宿舎】
(夕食後、宿舎の中を覗くと、市ヶ谷がホールの真ん中で座り込んでいた。)
「ほとんど元通りだね。」
(宿舎内は火事の前と ほぼ変わりない。)
「ああ、ありがたく思え!お熱でドアが曲がっちまった部屋もあっけど、ピッキング防止加工もしてやったし、勝手に部屋に入ることはできねーです。」
「ドアが多いから ご重労働だったぜ。おかげ様でオレ様の黄金の右手がボロボロだ。」
「……何で、ピッキング防止加工なんて急に言い出したの?」
「テメーには ご関係ねーです。」
「……キーボ、同じこと聞いて。」
「え?えーと、なぜピッキング防止加工を?」
「…ご動機を盗まれねーようにだよ。」
「動機?」
「ああ…。オレ様のご動機は、誰にも盗ませねーです…誰にも…。」
「どんな動機だったんですか?」
「それは…ご希望ロボットにも言えねーです。絶対…。」
(市ヶ谷は呟いて、そそくさと部屋に入って行った。その背中に声を掛けたのは…。)
「あ!市ヶ谷さん、夕食も食べずに作業していてくれたんですね!ーーって、もう部屋に入っちゃいましたか。」
「ズーパー!元どおりだねー!」
(雄狩と朝殻が玄関ホールに入って来たが、市ヶ谷の部屋の扉は既にぴったり閉まっている。)
「あ、雄狩 芳子の部屋の鍵を開けたままでした!うっかりです!」
「カナデの部屋のドアはちょっとスキマがあるぞー?」
「火事の熱でドア枠が曲がったらしく、すぐには直せないようですよ。でも、ピッキング防止加工をしたそうですから、防犯上は問題ないようです。」
(…本当にピッキングできないんだろうか。)
「疑わしいって顔だね?市ヶ谷さんが施したピッキング加工。それはボクのお墨付きです!」
「…また出てきたの。」
「施されたピッキング防止加工により、どんな百戦錬磨の空き巣も、みんなの部屋には入れません!」
(そもそも…フィクションの この世界には入れない。)
「クラークラー!なら安心だねー!」
「さすが市ヶ谷さんです!」
「皆さんは就寝前に必ず鍵を掛けて寝てくださいね!雄狩 芳子は夜時間のチャイムと共に眠りにつきますので、ご用の際はノックしてください!」
(雄狩と朝殻も部屋に入って行った。私も、自分の部屋の鍵を開けて中に入った。)
(部屋に入ると、テーブルの上に昨日と同じように動機ビデオが置いてあるのが目に入った。)
(”前回”は自分の動機ビデオなんて気にも留めなかったけど…今回は、私の肩書きは…どうなってるんだろう。)
(“超高校級の生存者”か…もしくは、”前回”と同じようにーー…)
(手を伸ばしかけて、止めた。”前回”…このビデオを見たことで、東条はクロになった。星は、生きることを諦めてしまった。)
(”クロになってでも守るべき国民”も、”待ち人がいない”のも…ただの設定にすぎないって…知らないまま。)
(誰も動機ビデオを見なければ…なんて思っていたけど…やっぱり無理だったね。)
(でも、ピッキング防止加工があるのは助かる。夜中に他の部屋を警戒し続けるのには限度があるから…。)
…………
……
…
『キーン、コーン…カーン、コーン』
(眠っていた。久しぶりに、ゆっくり。夢を見ることもなかった。)
(…夢で”あいつ”に会うことも…なかったけど。)
【校舎1階 食堂】
(食堂には、1人を除いて全員集まっている。)
「良かったわ。羽成田君も食事に来てくれるようになって。」
「来ねーとテメーに羽交い締めされるからな…。」
「一昨日の夜は、まるで米俵のように運ばれて来ていたね。」
「ダイゴロウは約80kgの米俵を持てるダイゴロウだねー。」
「力比べなら春川さんも負けてないですよ!」
「張り合わなくていいよ…。」
「あの…市ヶ谷さんが見当たりませんが…まだ寝ているんでしょうか?」
「昨日は宿舎の修繕の後、すぐ寝てたようやけどな。」
「モノパッドによると、プールにいるようじゃが?」
「あ、そういえば これ、どこに誰がいるか分かるようになってるよね!」
「じゃあ、私が呼んでくるわ。」
「あ、わたしも行くよ。」
「それなら、雄狩 芳子も行きます。春川さんも一緒に来てください!」
(何で私まで…。)
【プール】
(壱岐を先頭に、雄狩、エイ鮫と共にプールの建物に入った。初めて入った時と変わらず張られたプールの水。静かな屋内。)
(そこに人の気配はなかった。ーー生きている、人間の気配は。)
「………?」
(私たちがプールサイドに置かれた“それ”を認識するまで、少し間があった。)
「き…きゃああああ!?」
(プールサイドで私たちを出迎えたのは、赤い血に染まった腕だ。モノパッドを手にした それは、本来の機能を喪失して、横たわっていた。)
(人の腕のみが、身体をなくして、そこにあった。)
『死体が発見されました!発見現場のプールへ集まってください!』
(モノクマのアナウンスを聞きながら、私は また呆然と、切り離された腕を見ていた。)
非日常編に続く