第4章 虚の世界で人に問ひて、生かせ、呪う 非日常編
(室内は、静まり返っていた。暖炉の中で弾ける火花だけが、寝室で唯一 音を響かせている。)
(目の前に横たわる死体は、もう音を発することはない。呼吸ができない、苦しみの表情。酸素を求めるように開いた口。喉に伸びた両手。)
(その姿は、”前回”の事件を思い出させるものがあった。”前回”、入間がプログラム世界で絞殺された…あの事件。)
(強烈な既視感に、またガンガン頭を打たれたような痛みが走った。)
「みんな…。」
(そんなところで、隣の寝室で寝ていたはずのタマが入ってきた。)
「今、死体発見アナウンスが…。あ…。今回の被害者は、オオダイちゃん?ハネゾラちゃん?」
「羽成田君は寝こけているだけだよ。羽成田君、起きてくれ。」
「……ん?」
(綾小路が羽成田を揺り動かすと、羽成田は目を覚まして起き上がった。)
「…何だ?寝不足で倒れちまったのか?」
「さあね…。それより、大変なんだよ。後ろをご覧。」
「おお…ば。」
「今回は…オオダイちゃんが、被害者になっちゃったんだね…。」
「……大場さん。」
「……タマ、起きてきて良いのかの?」
「うん。だいぶ良くなったよ。捜査しなきゃいけないし、私だけ寝てるわけにはいかないよね。」
(タマは今朝より、だいぶ顔色が良い。熱や発汗は治まっているようだった。)
「…まさか仮病だったんじゃねーだろうな。」
「え…。」
「これ、やめんか。」
「そうだよ!タマさんは本当に熱もあったんだから。」
「何でも疑ってかかるのは良くないね。」
「チッ…。事件が起こってから元気になるなんて怪しすぎるだろ。」
「でも、ハネゾラちゃん。死体と一緒に寝てたキミの方が怪しいと思うよ?」
「あんだと!?」
「ちょっと、喧嘩はーー…」
「はーあ、オマエラって本当にワケが分からないよ。ほっといても言い争いが絶えないくせにさ…殺人が起こるのに、こんな時間かかるんだもん。」
「うわっ…出た!」
「はーい…出ましたー。それが何ですかー?なんか文句でもありますかー?」
「何だか様子が変だね。」
「はーい…変でーす。私が変なクマさんでーす。だっふんだー。」
「だから古いネタばかりやってんじゃねーよ。」
「このコロシアイは古いネタ、既存ネタ、原作ネタのパクりで提供しておりまーす。」
(モノクマが気怠げな声を上げながらモノクマファイルを配る。私は「04」と書かれた そのファイルを開いた。)
(被害者は、”超高校級のママ” 大場 大吾郎。死体発見現場は、”超高校級のサンタクロース”の研究教室の寝室。死因は不明…か。)
コトダマゲット!【モノクマファイル4】
「みなさん、モノクマに構っている暇はありませんよ。」
「ああ…大場が殺された。犯人を絶対に見つけねばのう。」
「私ずっと寝てたから、全然 状況が掴めてないんだよね。教えてくれる?」
「えっと…わたしも状況 掴めてないんだけど…。ガキども、これは一体どういう状況だ?状態で…。」
「僕たちは昼過ぎから学園内を探索し、18時頃に ここに戻って来たね。その時、大場さんは生きていた。」
「どこかに行くっていう大場さんを止めた麻里亜君が代わりに出て行って…それから、わたし寝ちゃって…。」
「みなさん、2時間程前に急に眠り始めましたからね。」
「へー、不自然だねー。それで、2時間キーボーイは何してたの?さながらママの如く、みんなの寝顔を微笑ましく眺めていたの?」
「それが…ボクも記憶がなくて…。」
「ワシが戻った時、キーボは また緊急停止しておったぞ。うなじのスイッチを押したら気が付いたのう。」
「へー、キーボーイには そんな機能があるんだねぇ。」
「……クッ。よりにもよって、キミに知られてしまうとは…。」
「じゃあ、キーボ君にも何があったか、よく分かってないってことだよね。」
「ログハウスの全員が眠っていて、タマさんは病床、麻里亜君は外出していたわけだからね。」
「ハッ…。つまり…麻里亜。テメーの仕業だな?」
「…ワシが睡眠薬でも盛ったと言いたいのかの?」
「ああ。テメーだけ眠ってねーんだ。どうせ睡眠薬 使って、オレらを眠らせた間に大場を殺したんだろ。」
「それで、全部 終わってから鉄野郎を再起動させたんだ。」
「…でも、睡眠薬っていっても…わたし達、何も食べたり飲んだりしてないよ?」
「そうだね。それに、睡魔による倦怠感はログハウスに戻った瞬間から感じていたよ。」
「みんな、きっと疲れてたんだよ。雪の中、あんまり食べずに動き回ってたんだから。」
(そうとは思えないけど…。)
「それで?その後、みんなは何時に起きたの?」
「ワシがログハウスに戻った20時前…みなが倒れておったから起こしたんじゃ。」
「なかなか誰も起きんから、何故か緊急停止しておったキーボを再起動して状況を聞いたんじゃ。」
「残念ながら、ボクも春川さん達が寝た後からの記憶がありませんが…。」
「役に立たねーロボだな。」
「……グッ。」
「あー…あー…あー…。オマエラ、ちょっと よろしいですかー…。」
「…まだ いたの。」
「テメーに構ってるヒマは ねー。とっとと失せろ。」
「ヒドイなぁ…オツムに栄養足りてないオマエラに食料 置いていこうと思ったのに。」
「食料じゃと?」
「いらないなら仕方ないな〜…。せっかく手塩を掛けて作ったのに。」
「手塩に掛けて…と言いたいのかい?それとも、手汗で精製した塩をーー…」
「そんなことより!いるよ、いるいる!食料 置いてって!」
「ふわ〜い、食べたらテキト〜に捜査開始してくださーい。」
(モノクマが立ち去った後、その場には軽食が用意されていた。私たちは久しぶりのまともな食事を終え、捜査を開始した。)
「……行くぞ。エイ鮫。」
「え?ま、また、わたし?」
(2人1組を作る中で、羽成田がエイ鮫を引っ張って行く。エイ鮫は私を見ながら、その背中に ついて行った。)
「羽成田君は警戒心の強い人だね。それとも、暗闇で2人の親密度が深まったのかな?」
「それはねぇと思うがな…。綾小路、よろしく頼む。」
「おや、僕でいいのかい?」
(麻里亜と綾小路も、2人で調査を開始した。)
「………。」
「………。」
「………。」
「余り者には福がいるって言うよね。」
「微妙に違うと思います。」
「ハルマキちゃんが一緒なら心強いよ。だってキミって、”その道のプロ”みたいに、冷静に捜査できるもんね。」
「……。」
(まずは、現場…大場が寝ていた寝室を調べよう。)
(苦悶の表情を浮かべた死体に近付く。間違いなく、窒息により死んだ人間の症状だ。)
(しかし、首元に絞殺跡などがない。そして、開かれた口から血が残る舌が見えた。)
「彼…彼女、いや…彼の口内は真っ赤だね。」
(同じく現場を調べていた綾小路と麻里亜も死体に近付き、その顔を覗き込んだ。)
「見た所…窒息死…のように見えるがの。」
「フムフム。背中側に死斑が出てるね。窒息や心臓病、脳出血の時には短時間で出るらしいけど…。」
「フム。暗殺者とは、鑑識のような知識もあるんだね。つまり、彼女…彼の死因は窒息ということか。」
コトダマゲット!【死体の状態】
「大場は苦しんで死んでしまったらしいのう。」
「私たちとキーボーイがスヤスヤ寝てる間にね…。」
「…麻里亜クンは大場さんに代わり、ログハウスから出たんでしたね。」
「大場さんは、どこかに行こうとしていたみたいだったが…麻里亜君には、その場所が分かっていたのかい?」
「…そうじゃな。大場は、倒れる前に『裏庭』と言った。じゃから、くまなく裏庭を調べたんじゃが…何も見つからんかったぞ。」
「裏庭なんて、特に何もなかったのにね?裏庭の建物…ボイラー室くらいだよね?」
「裏庭の建物は扉が凍り付いておったせいか、入れなかったから見ておらんがのう。」
(ボイラー室…一昨日、思い出しライトを見つけた時は入れたけど…。)
「とりあえず、大場さんの持ち物も確認しておきましょう。」
「大場の持ち物は…宿舎の鍵…くらいだね。」
(ポケットに入っているのは鍵くらいで、彼のモノパッドはサイドテーブルに置きっ放しになっている。)
「ハルマキちゃん、これも一応、持ち物じゃない?」
(タマが大場の右手首を指差した。そこには、モノクマから渡された腕時計…ジィ-SHOCKが巻かれている。)
「腕時計を外さずに寝ていたんだね。」
「けれど、この時計は止まっているようですよ。ボクの体内時計では今9時半ですが、大場さんの時計は8時過ぎを指しています。」
「わー、キーボーイは時計機能もあるんだね!時計もカメラも付いてて、おしゃべりもできるなんて、とっても重くて かさばるスマートフォンみたいだね!」
「フッフッフッ…。ようやくボクの凄さに気付いたようですね!」
「うん!すごいよ!1番 重要な通信ができなくて、携帯することで体を鍛えられるなんて、スマートフォンにはない特徴だもん。」
「…それは、褒めてますか?」
「もちろん!オオダイちゃんの時計が止まったのって、やっぱり死亡時刻なのかな?」
「犯人と揉み合いになったり、抵抗したのなら…可能性があるね。」
(でも確か、この時計…あまり正確じゃなかったはず…。)
コトダマゲット!【大場のジィ-SHOCK】
△back
「モノクマファイルには死因不明ってあるけどさ…。」
(寝室内を見回すタマが、床に割れた瓶を見ながら「これ見よがしだよねぇ」と笑う。)
「この瓶は…クリスマスツリーの下のプレゼントボックスの中にあった毒薬ですね。」
「そうだね。赤い包装のプレゼントの中には、毒薬があったんだっけ?」
(数日前に確認した毒薬の瓶。それは大場が横たわるベッドの近くの床で粉々になっている。その周辺の床は蛍光の赤色に変色していた。)
「瓶の中身が溢れた跡も残っていますね。」
「もう乾いちゃってるけど…ずいぶん乾きやすいんだね。あと、色がすごい。味蕾が死んでる人ばっかの国のケーキみたい!蛍光ギラギラ!」
「しかし…この瓶は見たところ、そんなに割れやすいものではなさそうですが…犯人と大場さんが揉み合っているうちに落ちて割れたのでしょうか。」
(確かに、割れた瓶は結構な厚みがある。手元から落としたくらいで…こんな風に割れるもの…?)
「ハルマキちゃんレベルの怪力が万力で叩きつけたのかな?」
「……。」
コトダマゲット!【毒薬の瓶】
「オオダイちゃんの布団も、だいぶ汚れてるねー。」
「これは血痕と…毒薬が溢れたのでしょうか。」
「蛍光ギラギラの赤が飛び散ってるね。床の汚れと同じで、もう乾いちゃってるね。」
(大場の布団は至る所が毒薬の赤色を残している。血痕は大場の枕元に、まだ新しい色をしていた。)
コトダマゲット!【布団の汚れ】
「あ、ハルマキちゃん。見て見て!ハンカチ捨ててある!もったいないなぁ。」
(タマがゴミ箱から見覚えのあるハンカチを取り出して言った。)
「私なんて、十数年前のハンカチまだ持ってるのに。血が付いたからって捨てるなんて、ゼータクだよ。」
「そのハンカチ…前回の裁判で大場さんが噛み締めていたものですね。……それは血ですか?」
(ハンカチには、黒く変色した血の跡がある。ずいぶん、時間が経ったようだ。)
コトダマゲット!【大場のハンカチ】
△back
「うーん、なんか変な死体だよね。窒息死で絞殺っぽいのに、索条痕がなかったり、血を吐いた跡があったり。毒薬が落ちていたり。」
「あ、索条痕は簡単に言えば絞殺用のヒモの跡だよ。鑑識用語だね。」
「…どうして暗殺者のキミが鑑識用語を?本来、それはキミを捕まえる側が使う言葉じゃないですか?」
「んー?何でだろ?敵を知って自分を守る?みたいな?感じかなぁ?」
(キーボの問いに、タマはフワフワした答えを返した。)
「しかし、毒薬が使われたのなら、絞殺の跡がないのも頷けます。窒息死させる毒も存在しますからね。」
「そうかもね。それじゃあ、毒薬が どういうものか、調べないとだね。」
「……そうだね。」
【研究教室内 リビング】
「オオダイちゃんの部屋から見つかった毒薬は、このクリスマスツリー下のプレゼントの中身だったよね。」
「赤い箱の中身が全て毒薬でしたね。」
「よーし、全部の箱 開けてみよー!」
(タマが赤い箱を集めて、それぞれの白いリボンを取っていく。)
「もう。このリボンの包装、長すぎて開けにくいよ。」
「成人男性2人分の大腸の長さだそうですからね。」
「あれ?他のリボンは全部 白いのに、これだけ少し赤く変色してるね。」
「本当ですね。日焼けでしょうか。」
「これだけ日焼けするとは考えにくいけどなー。」
コトダマゲット!【色の変わったリボン】
(色の変わったリボンの箱をタマが開ける。中には、何も入っていなかった。)
「ありゃ、これはハズレかな?」
「いえ、犯人がプレゼントから毒薬を取り出し、また箱を元に戻したと考えた方が合理的です。」
「そうかなぁ?犯人がプレゼントの箱ごと処分しちゃった可能性もあるよ?ね、ハルマキちゃん。」
「……そうだね。」
「キーボーイ、事件前のプレゼントの写真って出せる?」
「もちろんです。ボクは高性能ですからね。」
(胸を張ったキーボが、口から2枚の写真を排出した。)
「ちっちゃくて見にくいなぁ。」
「…それは仕方ありませんよ。」
「ハルマキちゃん、1回目の裁判で借りてたワトシン君のルーペってまだある?」
「…宿舎にあるから、後で持ってくるよ。」
(裁判前に宿舎に寄ることを頭の隅で考えながら、写真に目を凝らす。)
「1枚目は昼、春川さん達が出かける直前の写真ですね。2枚目は、18時頃 春川さん達が戻った後の写真です。」
「1枚目は…プレゼントボックスは、15個あるね。」
「待ってください。2枚目は、プレゼントボックスが13個しかありませんよ。2個足りません。」
「今も…13個しかないね。」
「足りないのはー…赤と緑のボックスだね。毒薬と、睡眠剤が入ったボックスだよ。」
「毒薬の他にも…睡眠剤が持ち出されたってことだね。」
コトダマゲット!【キーボの写真】
「じゃあ、持ち出された2個のうち、赤い箱は現場の毒薬だよ。」
「やっぱり、この空のプレゼントの箱はハズレだったんだよー。だから、きっとプレゼントの中には、他とは違うアタリもあるはずだね!」
「ハズレとかないんだけど〜…。」
「……。」
(モノクマが気だるげな声と共に現れた。)
「……そうなんだ?じゃあ、必ずどの箱にも毒薬やら睡眠剤やらが1つ入ってるってことだよね?」
「そーそー…。ハーア、そんな疑いを持たれるなんて…心外だよ。」
「元気ないね?大丈夫?お腹痛いの?」
「タマさん。モノクマの心配なんてする必要ありませんよ。」
「あ、そっか。キーボーイと同じで、モノクマは機械なんだから、体調とかないんだもんね。」
「ボクとモノクマを一緒にしないでください!」
コトダマゲット!【空のプレゼント】
「あー、そうそう。オマエラに渡そうと思って面倒で渡さなかったものがあるんだよね。」
「えー、もう。職務怠慢だよ。」
「はーい、職務怠慢でーす。オマエラが怠慢だったから、ボクも真似してみたんでーす。」
「ボクらは雪の中、大変な思いをしていましたよ!」
「キーボーイと私は大変な思いしてないけどね!」
(モノクマが差し出してきたのは、小さな紙切れだった。)
「これ…毒薬の説明書?」
「そうそう。プレゼントボックスの どれかに入れる予定だったんだけど、うっかりすっかり、あえて忘れてたんだよね。」
「あえてなら、うっかりとは言いません。」
「はいはい、うぷぷ。これでいいんでしょ。」
(モノクマは覇気のない笑い声を残して消えた。)
「何だったんでしょうか。……春川さん、何が書いてあるんですか?」
「この毒薬は、体内に入ると呼吸器系を破壊する…。経口摂取 吸引摂取 静動脈注射等により服用させること。…だってさ。」
「静動脈注射…?静脈注射なら聞いたことがありますが…。」
「へー、点滴なんかしたことないロボなのに、よく知ってたね!」
「また、キミは!」
「でも、呼吸器系の破壊…それで、オオダイちゃんは毒で息ができなくなって死んじゃったってことだね。それなら、あの死体の状態も頷けるのかな。」
(本当に…そうなの…?)
コトダマゲット!【毒薬の説明書き】
「ハルマキちゃん、見て見て。暖炉のそば。」
(タマが指差した先に、見たことがある瓶が転がっている。)
「これも、クリスマスツリー下のプレゼントに入っていたものですね。」
「睡眠剤だったよね。犯人はこれで、みんなを眠らせたのかなぁ?」
「睡眠剤は空になってるけど…ここにいた奴みんな、何も口にしてなかったよ。」
「例えば、吸っただけで眠くなっちゃうタイプの薬なのかもよ?」
「液体を…吸うんですか?」
「揮発性が高かったりしたら十分あり得ると思うよ。暖炉は寝室もここも、ずっと ついてたし、液体を熱して気体に変えて吸わせたとか…。」
「もっと強力なら、部屋に撒いて吸わせたとかね。」
(揮発性が高い睡眠剤…か。)
コトダマゲット!【睡眠剤の瓶】
「それにしても、キーボーイまで意識不明だったっていうのは、どういうことなんだろうね?機械に睡眠剤が効くはずないのに。」
「……おそらく、犯人がボクの緊急停止スイッチを押したんでしょう。」
「前回も、キーボーイが充電切れの間に事件が起こったんだよね?キミが言ってた”超高校級のロボット”って、重要な場面を見ない才能とかなのかな?」
「じゃあ、家政婦さんと逆なんだね!」
「………。」
(無邪気に笑うタマとは対称的に、キーボが黙り込んでしまった。心なしか、頭の上のアンテナも元気がない。)
「さてと、ハルマキちゃん。次は、どこ行こっか?」
(念のため大場が寝ていた寝室の隣の寝室と、ログハウスの外も見ておこう。)
【研究教室内 女子用寝室】
(私たちがタマの寝ていた女子寝室に向かうと、ちょうど現場の寝室から綾小路と麻里亜も出て来た。)
「わ、マリユーちゃんにアヤキクちゃん。こっちの寝室も調べるの?」
「まあね。現場の寝室は一通り調べられたから。」
「女子の部屋に入るチャンスだもんね。でも…私の寝汗が染み込んだ布団に頭を擦り付けてフガフガ匂い嗅いだりしないでね?」
「するわけないだろう。僕らを何だと思ってるんだい?」
(2人が寝室に入って行く。呆れて言葉を発しない麻里亜とキーボと共に、私も中に入った。)
(部屋の中は今朝と特に変わりはない。暖炉のおかげで暖かい。ベッドには、タマが寝ていた痕跡がある。)
「…特に、変なものはなさそうじゃがな。」
(麻里亜がゴミ箱を覗き込んだ後に言った。が、そのゴミ箱には今朝なかったものが見え隠れしていた。)
「麻里亜…何 隠してるの?」
「……何のことじゃ?」
「これ、ゴミ箱には今朝、こんなもの入ってなかったよ。」
(私は、その2色の紙を取り出して見せた。一緒にクシャクシャに丸められたであろう、赤と緑の包装紙を。)
「わー、プレゼントの包装紙だね。」
「……。」
「これが ここにあるということは、この寝室を使っていた人物が、持ち出したと考えられるのだけれどね。」
「…いや、タマは高熱で寝ていたんじゃぞ。そんな人間が、殺人なんてできるわけなかろう。」
「そうだよそうだよ!病に犯されて生死を彷徨ってた私には絶対に無理だよ!」
「…その割には、元気そうに見えますけどね。」
(タマが寝ていた寝室のゴミ箱に、毒薬と睡眠剤の包装紙。今朝はゴミを捨てた時は、そんな物はなかったはずだ。)
コトダマゲット!【ゴミ箱の包装紙】
△back
「じゃあさ、そろそろログハウスの外も見ておかない?」
「外に手掛かりが?」
「もう、キーボーイは もっと想像力を働かせないと!ロボットに そんなのないのかもしれないけどさ!」
「タマさん。そろそろボクも怒りますよ。ロボット差別で訴訟を起こします。」
「裁判を起こす権利って、ロボットにあるのかなぁ?」
「タマさん!!」
(言い合う2人を無視して、私はログハウスの外に出た。雪は止んでいて、静かな銀世界が広がっていた。)
【超高校級のサンタクロースの研究教室前】
「わー、星が綺麗だねー。」
「夕方頃は吹雪いていたのに、天気が変わりやすいですね。しばらく雪が降ってないんでしょうか。」
「わっ、見て見て、可愛いね!ハルマキちゃん達が作ったの?」
(タマがログハウスの脇を指差した。そこには、雪だるまが立っていた。3段の、背の低い雪だるま。顔は石とニンジンが使われている。)
「…こんなの、私たちが夕方 帰って来た時には…なかったよ。」
「えー?じゃあ、自然に生成されたのかな?ニンジンも腐りかけて黒ずんでるもんね。」
「自然生成なんて、そんなはず……。」
(キーボが不自然に言葉を切って耳元を押さえる。…以前にも同じことがあった、その時のように。)
「……何、どうしたの?」
「いえ…最近、特に”内なる声”の言葉が理解不能で…。」
「……何て言ってるの?」
「『4章…オラ…フッ…頭が…』と言ってます。」
(……確かに、意味不明だね。)
「もー、2人って、いっつもコソコソ内緒話して!付き合ってるの?ど突き合ってるの!?」
「少なくとも突き合っていないことは、見れば分かるはずでしょう…。」
コトダマゲット!【雪だるま】
「そうそう、ログハウスの裏は雑木林がだよね。一応 調べておく?」
「そうですね。…既に、誰かが調べに向かったようです。」
(ログハウスの出口から裏までの道に板などはない。そこに、くっきりと新しい足跡が付いていた。)
「大きさからして…エイ鮫と羽成田だね。」
【超高校級のサンタクロースの研究教室 裏】
「あ、春川さん!」
「……テメーらかよ。」
(予想通り、ログハウスの裏の雑木林にエイ鮫と羽成田がいた。)
「吹雪が止んでて良かったよね。吹雪いてたら、調査どころじゃないし。」
「そうだね!それに、吹雪に色んな証拠 持ってかれちゃうもん。」
「2人は、どうして こんな所を調べていたんですか?」
「ログハウスの屋根に登れる所がねーか、探してたんだよ。」
「屋根?」
「ああ。屋根にはエントツがあるからな。」
「………。」
「この雑木林を伝って屋根に上がれそうだね!ちなみに、足跡とか残ってた?」
「いや、オレ達が ここに来るまで足跡は なかった。」
「モノクマが事件時の天候を教えてくれたんだけど、7時頃から雪は止んでたみたいだよ。」
「じゃあ、それ以降に こっそり屋根からってのは無理だろうねー。」
コトダマゲット!【事件時の天候】
「つまり、羽成田クンは何者かが屋根からエントツに入り、大場さんの寝室に侵入した…そう推理しているんですね。」
「みんな寝てたら、その必要はないと思うんだけどね。」
「確かに。ログハウスにいる人みんな寝てるなら、普通にオオダイちゃんに毒薬飲ませる方が簡単だよね。」
「それに…ずっと暖炉の火はあったから、煙があるエントツから浸入はできないだろうね。」
「うるせぇ!一応 色んな可能性を調べてんだよ!」
「なるほど!確かに、色んな可能性 調べなきゃだね!じゃあ、もうエントツが どうなってるか、調べたんだ?」
「……。」
「それが…今も暖炉の火が ついてるから煙ずっと出てるし、そもそも わたし達じゃ屋根に登れなくて…。」
「ハルマキちゃんなら登れそうだよね。」
「……登れるかもしれないけど、煙の出てるエントツを調べることはできないよ。」
「じゃあ、ログハウスの暖炉の火、1回 消してこようか?」
「その必要はありません。ボクなら、煙が出ている状態でも問題なくエントツ内を調べることができますよ。」
「でも、エントツにキーボ君を放り投げたりしたら…調べるどころじゃないんじゃない?壊れちゃったり、熱で溶けちゃったりするかも…。」
「……その発想の仕方は、ロボット差別に発展しますから、気を付けてください。」
「え、ごめん。」
「あ、私、プレゼントのリボン2本持ってるよ。この2本を結んで…キーボーイに括り付けてエントツから垂らせばいいんじゃないかな?」
「……これも事件解決のためですね。」
「つーか…何で、ンなモン持ってんだよ…。」
「真っ白で可愛いなーと思って。私、巣作り中の鳥みたいに、可愛いものの収集癖があるんだー。じゃ、ハルマキちゃん、よろしく!」
「春川さん、頑張って!」
(タマが私にリボンを押し付け、なぜか当然のように『木登りもできる』と信じきっているエイ鮫に促され、私は屋根に近い雑木林の1本に よじ登った。)
「うわっ、バカ!急に登ってんじゃねーよ!」
(登るなり、羽成田が慌てた声を上げて私から目を逸らす。気にせず、私は屋根に跳躍した。難なく着地すると、下から感嘆の声が上がった。)
「すごい春川さん!何泉仙で修行したのって身のこなしだよ!」
「さすがハルマキちゃん!力持ちってだけじゃなくて、身のこなしもサル並みなんだね!暗殺者に推薦したいくらい!資格取りなよ!」
「暗殺者の資格があるんですか!?」
「そりゃ、暗殺者だって、お仕事なんだから。まずスクールに通って420時間の座学と20時間の実地研修、その後、テストを受けて資格を取るんだよ。」
「本当にあるんだ…暗殺教室…。」
「本当かどうか怪しいですよ…。」
「本当本当。だって大事な仕事に資格は必要不可欠でしょ?むしろ、子育てに資格がいらなくて、クズゴミが親になれることの方が不思議だよ!」
「今、子育てを資格制にしたら少子化の末、人類滅亡しそうだよね…。」
「……。」
「いいから、早くキーボを括り付けて。」
(タマに手渡されたリボンを下に垂らすと、そこにエイ鮫たちがキーボを括り付けた。私は89kgの重りが付いたリボンを引いた。)
「ふぅ。何とか屋根に登れましたね。このリボン、ずいぶん頑丈にできているようです。」
(一切 労力を使ってないはずのキーボがヤレヤレといった声を出す。)
「春川さん、無理しないでねー!」
(エイ鮫の心配気な声を背に、煙が上がるエントツへ向かった。)
「……ゲホ、」
「春川さん、大丈夫ですか?」
(エントツ付近は思っていたよりも煙たい。姿勢を低くしていても、目が痛くなってきた。)
「春川さんは ここにいてください。ボクが調べてきます。」
(そう言ってキーボは自分の足で屋根に近付きーー)
「では、降りますよ!春川さん、リボンをお願いします。」
(次いで、手の中のリボンが引っ張られる。腕が痛いくらい重い。けれど、それは、唐突に軽くなった。)
「春川さん!エントツの途中に網状の板があります!これ以上は降りられません!」
(キーボが叫ぶのが聞こえる。)
「ですが、エントツに入って1mほどの所に横穴があります!調べてきますから、そこまで上げてください!」
(キーボが言うのに従い、私はまたリボンを持つ手に力を込めた。やがて、またリボンが軽くなる。キーボが横穴とやらに入ったらしい。)
(そして、しばらくしてキーボの声がした。)
「春川さん!調査は完了しました!引き上げてください!」
「ふぅ…。疲れましたね。」
(……疲れたのは…こっちだよ。)
「先ほど言った通り、エントツ口から暖炉までは網状の仕切りがあって、ログハウス内部に侵入することはできません。」
「しかし、エントツの途中に横穴があり、それは各寝室の天井裏に繋がっていました。」
「…人が通れるようなものだったの?」
「いえ、横穴は人が通れなくはないですが、寝室に侵入することはできません。確かに、板1枚 外せば寝室を見下ろせるような穴がありましたが…」
「その穴は、人の頭がやっと入るくらいの穴でしたから、天井裏から寝室へ入るのは難しいでしょうね。」
「ちなみに、寝室に煙が逆流しないように、横穴に入るのにドアのような取っ手が付いていましたよ。」
(どちらにせよ、普通 暖炉が付いている中でエントツから侵入しようとは思わないね。)
コトダマゲット!【ログハウスの造り】
「ハルマキちゃん、お疲れ様!」
「春川さん、ありがとう。」
「ボクも頑張りましたよ。」
「そうだね。キーボ君も、ありがとう。」
(地上へ戻ると、待っていた3人が話しかけてきた。)
「で?どうだったんだよ。」
「犯人がエントツから侵入した可能性は低いですね。」
「ずっと煙が出てたエントツに、人が近付くことは難しいよ。」
「うん、それに、オオダイちゃんのジィ-SHOCKは8時で止まってたし、犯行は8時くらいだと思うなー。それなら、足跡 残るはずだよね。」
「……そうかよ。」
「ていうかキーボーイ、ススだらけだね。ホラ、これで拭いたげるよ。」
(いつもより黒いキーボを見て、タマが白い年季の入ったハンカチでキーボを擦る。)
「タマさん…。キミも、ようやくボクを人間らしく扱ってくれるようになったんですね。」
「やだなぁ、こんな古くて汚いハンカチで人を拭いたりしないよ。」
「ムム!」
「え、えーと、でも…ハンカチに名前の刺繍あるし…大事な物なんでしょ?」
「大事じゃないよ。私が孤児院に保護された時、私が持ってたってだけ。」
「私を捨てた家族の名前が刺繍されてたんだよね。私の名前、その男の名前から付けられたんだよ!忌々しいよね!」
「え、えーと…そう、だね?」
(タマの笑顔とは裏腹に、辺りを非常に重苦しい空気が支配した。)
△back
『時間になりました!オマエラ、裁きの祠に集まってください!』
(そして、モノクマのアナウンスが鳴り響いた。)
「さ、じゃあ、行こうか。ハルマキちゃん。」
「……そうだね。」
【裁きの祠】
(裁きの祠に全員が集まった。もう、6人しか いない。)
「ずいぶん、人数が減っちゃったよね。クロ…見つけられるかな?死因も死亡推定時刻の記載もなかったし、目撃者もいないのに…。」
「毒薬が落ちてたんだから、あれが死因だろ。それに、大場の時計は8時で止まってた。今までの裁判よりは、情報あるだろ。」
「……今まで正しいクロを見つけてこれたんじゃ。心配するでない。」
「…そうだね。みんなで力を合わせれば…きっと、大丈夫だよ!」
「………。」
「綾小路クン、何だか浮かない顔ですね?」
「いや…ログハウスの横にあったスノーマンが気になってね。」
「スノーマン?ああ、雪だるまのことですか。」
「ああ、あれはーー…」
(綾小路が言いかけたところで、エレベーターホールへの道が現れた。そこを通って、私たちはエレベーターに乗り込んだ。)
(エレベーターの中で、誰もが無言だった。みんな、その降下を黙って感じているようだった。)
(……ここまで、裁判を重ねてきても、何も…できなかった。『ダンガンロンパ』を終わらせるどころか…首謀者を引きずり出すことすら。)
「大丈夫ですよ、春川さん!1人で抱えこみすぎないでください!みんなで、乗り越えましょう。この命懸けの学級裁判を…!」
「……。」
(”前回”は、獄原がクロだった4回目の裁判。)
(今回は、大場…身体の大きい人物が被害者となった。しかも、それを視聴者は知っていた。)
(どういうこと?被害者やクロが決まっているなんて…そんなことがあるの?)
(『ダンガンロンパ』は、今度は私に”超高校級の生存者”を演じさせようとしている。)
(そんな思惑には乗らない。私は、『ダンガンロンパ』を終わらせる。)
(けれど…分からない。どうやったら、首謀者の白銀を…裁判で引きずり出せるのか…。)
(どうやったら…終わらせられるのか。)
(この、嘘ばかりの学級裁判を……。)
コトダマリスト
被害者は、”超高校級のママ” 大場 大吾郎。死体発見現場は、”超高校級のサンタクロース”の研究教室の寝室。死因は不明。
死体は男子用寝室にて発見された。手で首を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。首に絞殺跡はない。口内は血で汚れている。
クリスマスツリー下の赤い包装のプレゼントボックス内にあった毒薬の瓶。瓶は分厚いのにも関わらず、叩き付けられたようだった。
モノクマから渡された毒薬の説明書。『この毒薬は、体内に入ると呼吸器系を破壊する。経口摂取、吸引摂取、静動脈注射等により服用させること。』とある。
赤いギラギラした蛍光色の汚れが発見現場の布団や床に付着していた。枕元には血痕も残っている。
大場が右手首にはめていた時計。20時過ぎを指していた。学園が雪山に覆われた際、モノクマが用意した。狂いやすく、少しの衝撃で止まりやすい。
現場のゴミ箱に捨てられていた。前回の裁判で大場が使っていたハンカチ。黒く変色した血が付いている。
“超高校級のサンタクロース”の研究教室に作られていた3段の雪だるま。バケツと腐りかけのニンジンが使われている。事件前、春川達が探索した時はなかった。
死体発見現場の隣の女子用寝室のゴミ箱に、赤と緑の包装紙が捨てられていた。クリスマスツリーの下のプレゼントの包装紙と思われる。
クリスマスツリーの下に置かれたプレゼント。赤・青・緑の包装紙と白いリボンで それぞれラッピングされている。赤には毒薬、青には水、緑には睡眠剤が入っているが、赤い包装紙の箱1つは空になっていた。
赤・青・緑全てのプレゼント包装に使われている白いリボンのうち、空のプレゼントボックスのリボンは赤く変色していた。リボンは長く、約3mの長さ。
リビングの暖炉付近に落ちていた。クリスマスツリーの下に置かれたプレゼントのうち、緑の包装紙に入っていたもの。
事件前のクリスマスツリー下にあるプレゼントの写真。1枚目は昼に春川達が出かける直前の写真。プレゼントが15個映っている。2枚目は18時頃 春川達が戻った後の写真。プレゼントは13個になっている。
ログハウスのエントツは”超高校級のサンタクロース”の研究教室のリビングと寝室2つの暖炉に繋がっているが、暖炉には降りられないようになっている。エントツの途中に横穴があり、寝室の天井裏と繋がっている。天井裏の穴は人の頭くらいで寝室に入ることは不可能。
モノクマによると、19時頃から雪は止んでいた。
学級裁判編へ続く