第5章 AIと静春と旅立ち(非)日常編Ⅰ
【裏庭 ボイラー室】
(裁判から一夜 明けて、まず私たちが向かったのは、出口があるという地下通路だった。)
(昨日の裁判まで学園を覆っていた雪は消えて、扉が凍り付いていたというボイラー室にも難なく入れた。)
(その中のマンホールの蓋が開いている。おそらく、大場が開けたままだったのだろう。そして、全員でトラップだらけの地下道を進んだが…)
「やっぱり、無理っぽいね。」
「クソッ…。」
「で…でも、もし ここをクリアしたら、出口なんだよね?ほら、三井君なら諦めないっていうか…。」
「あまり無理しすぎると命取りだ。大場さんがエビデンスだよ。まあ、今回はフィジビリということで、上手くいかなくても仕方ないさ。」
「何を言ってるか よく分かりませんが、無理をするなということですね。」
「…そ、うだね。爆弾とか…あるもんね。」
「クソ!!せっかく脱出できると思ってたのによ!」
「……。」
(やっぱり、地下道のことなんて、知らない方が良かった。)
「諦めるのは、まだ早いんじゃない?」
【校舎地下 図書室】
(全員で地下の図書室まで来た。)
「ハルマキちゃんとワトシン君が見つけた隠し扉。もしかしたら、そこから5階に行けるかもね!首謀者がいるかもしれない5階にね。」
「……。」
(笑顔で言うタマに、全員が「そうか」と声を上げる。)
(でも…隠し扉の話は、前の裁判で とっさに言った嘘だ。…嘘だと知られたら…おそらく、私が疑われる。)
「私と和戸が見つけたのは…その棚だよ。」
(私は、”前回” 隠し扉があった本棚を指差した。)
「……へー、これ?」
「そう。この棚を引くと…」
(棚の側面に力を込める。そして、訝しげな顔を作って見せた。)
「……開かない。どうして…?前は…開いたのに。」
「ああ!?どいてみろ!」
(羽成田が私に代わり、棚を力任せに引く。もちろん、棚はガタガタと揺れるだけだ。それどころか、棚の上の大量の本が羽成田の頭上から降ってきた。)
「いでぇ!」
「だ、大丈夫!?」
「クソが…。ゲホッ、春川…本当にあったんだろうな?」
「……あったよ。あいつが…和戸が見つけたんだ。」
「……そうかよ。」
「羽成田君、どこ行くんだい?」
「疲れたから部屋で休む。」
(本と一緒に降ってきたホコリに咳き込みながら、羽成田は図書室を後にした。)
「どうして、ハルマキちゃんが『あった』って言ってる隠し扉がなくなっちゃったのかなー?」
「首謀者が昨日の裁判を聞いてて、慌てて隠したんじゃないかな?」
「フム。確かに。昨日の裁判後、モノクマは僕らに、真っ直ぐ宿舎に帰って休むことを強要していたからね。」
「……そうかもねー。」
「……。」
「羽成田クンは落ちてきた本を そのままにして行ってしまいましたね。片付けないと…」
「別に、そのままでもいいんじゃない?他の本だってーー…」
(床に落ちた本の山を見て言いかけたところで、1冊のタイトルが目に飛び込んできた。)
「これは!?」
(私は思わず声を上げながら、それを掴み上げていた。)
(文庫本サイズの海外の小説らしい。シンプルな表紙に、その邦題が記されている。)
「ドイルの『白銀の失踪』だね。」
「どうしたの、ハルマキちゃん?」
「えーと、実はシャーロキアンだったとか?」
「綾小路、これは どんな話!?」
「…あ、シャーロキアンではないんだ。」
「…確か、殺人と共に白銀という名の馬が消えて…その謎を探偵が解き明かすというものだ。」
「アヤキクちゃん、何でも知ってるねー!」
「まあね。ここの図書室は洋書や専門書のバラエティが豊かで入り浸っているから。マニアックなものも多くて、面白いよ。」
「コナン・ドイルの歴史小説やアドルフ・ヒトラーの画集、ライト兄弟発行の新聞とかね。」
「バラエティ豊かすぎじゃない?」
(”前回” 隠し扉になっていた本棚の上にあった本。そこに白銀の名前がある。)
(これは…偶然?)
「おおっクマー、しげのぶ!」
「うわ。」
「何だい、元内閣総理大臣の名を絶叫したりして。」
「オマエラが食堂にいないから、探しちゃったよ。」
「嘘ばっかり。どこに私たちがいるか分かってるんでしょ。それで、わざわざ出て来たってことは…」
「そう!ご褒美を贈呈します!こちら、事実上最後の鍵と本当に最後の鍵です!」
「どちらも最後の鍵なんだね。」
「……。」
(1つは…6階。1つは……エグイサルの格納庫があった…あの建物の鍵…。)
「よーし!じゃあ、その鍵が開きそうなところを探そう!」
「うん!もしかしたら、5階に行けるかもだよね!」
「では、春川さん。どこから探しましょうか。」
【校舎1階 廊下】
(校舎1階、体育館へ向かう廊下にエイ鮫と綾小路が立っている。)
「春川さん!こっちこっち。」
「鍵が使えそうな場所はもう、ここくらいだからね。」
(2人に促され、私は白黒のドアの鍵穴に鍵を はめた。本当の最後の鍵を。)
(カチリと鍵が開く音がして、扉を押す。中は、”前回”と同じく階段の踊り場になっていた。)
「えっと、螺旋階段が上まで続いてるね。もしかして、本当に5階に繋がってるのかな?」
「フム。とにかく、登ってみよう。」
(エイ鮫と綾小路が階段を登っていく。)
「春川さん、ボク達も行きましょう!」
「……。」
(キーボを肩に乗せて6階まで上がるハメになるなんてね。)
【校舎6階 廊下】
(何とか6階まで上がってきた。肩の上のキーボのせいか、さすがに体が重い。)
「ハアハア…春川さんは、すごいね。重しを載せた状態で…平気で ここまで上がって…。」
「本当、すごいよ!…綾小路君は少し運動するべきかもしれないよ。」
「…その通り…だね。エイ鮫さんも意外と体力があるね。」
「確かに…意外だね。」
「え?そうかな?春川さんに言われると、照れちゃうな。でへへ。」
「…オヤジ臭い。」
「あ、ごめん。”内なる父”が出ちゃった。うん、わたし、結構 体力ある方だよ。手広くやるタイプのVチューバーだからかな?」
「外国のスポーツやってみたり、サバゲー参加してみたり、運動っぽいこともするんだよね。」
「ホウ。Vチューバーなのに外に出るのかい?」
「手持ちで撮影して、後で人物だけキャラクターに差し替えたりもしてるんだ。そうすれば、屋外もVチューバーの領域だからね。」
「わたしね、Vチューバーの可能性をもっと広げたいんだ!キャラクターが、実際の世界に存在している…そんな動画が撮りたいんだよね。」
「家の中から出て外界に触れながら…か。絵の具が進化して外で絵を描き始めた印象派の画家みたいだね。」
「うん、だから色々やってるよ!Vアイドルと歌ってみたり踊ってみたり、年末は戦場で作家やレイヤーとコラボしてみたり!」
(戦場…?)
「年末の戦場…なるほどね。僕の知らない世界だが、その辺りも学びたいものだよ。」
「大歓迎だよ!無限の彼方へ、さあ行こう!」
(エイ鮫と綾小路が よく分からない話を繰り広げる中、肩のキーボが階段の終わりにある扉を指差した。)
「みなさん。扉がありますよ。」
「ここが、5階なのかな?」
「いえ、ここは6階のはずですね。」
「確かに…モノパッドも6階になってるね。ここが、この学園で最も天国に一番近い男…じゃなくて”天国に一番近い所”ということだね。」
(私たちは、目の前の扉を開けた。”前回”…“超高校級の宇宙飛行士”の研究教室があった…その扉を。)
【超高校級のVチューバーの研究教室】
「わあ!こ、ここは!まさしく…!」
(扉の先は、”前回”と雰囲気が似ていた。けれど室内は明るく、プラネタリウムがあった場所には、プロジェクター。)
(コックピットがあった場所には、たくさんのモニターにキーボードと何らかの機器が並んでいる。)
「ここは、エイ鮫さんの…Vチューバーの研究教室らしいね。」
「ふおお、このコンピュータ!最新モデルだよ!まさかのCore i9!?うほー!グラフィックボードも最新式!これでサクサク作業できるよー!」
「周辺機器も揃ってるし!あ、ノイキャン付きのヘッドホン!これ欲しかったんだー!」
「日本語を話してくれませんか。」
「キーボ君がコンピューター用語を知らないのは、どうかと思うよ。」
「ムム!ロボットだからってコンピューター用語に詳しいわけではないんですよ!そもそもボクはパソコンより高性能なんですから、必要ないんです!」
「ボクのパソコン知識は、孫にパソコンを教えてもらったばかりの おじいさんレベルです!」
「企業では まず採用されないレベル…ということだね。」
(肩の上のキーボの怒声をシャットアウトして、周囲を見回す…と、1点だけ色の違う床が目に入った。)
「…ここだけ床が板になってる。」
「え?あ、ほんとだ。」
「板に何か書いてありますよ。」
「『素手で床板を割って5階に行ってみた』…何だい、これは?」
「それはね…『素手で床板を割って5階に行ってみた』だよ。」
「うわっ!?」
「…ここから5階に行けるってこと?」
「うぷぷ。ここは6階。オマエラが行きたがってるのは5階。床板を割ってみたら、行けるかどうか分かるんじゃないかな?」
「ちなみに、素手じゃないとダメだから。足とかメリケンサックとかキーボクンとか使ったら防犯システムで消し炭にされるからね?」
「ボクを道具のように言わないでください!」
「そんな物騒な機能を人の研究教室に付けないでよ!」
(ここから…5階に行ける?)
「うぷぷ。5階の素敵な内装を見たければ、頑張ることだね。」
(モノクマが去って行くのを尻目に、その床板に触れた。ベニア板のような感触だ。そんなに強度もない。)
「これなら、壊せそうだね。」
「ほ、ほんと?」
(私は床に向かって、拳を打ちつけた。)
「……っ!」
(床板は、びくともしない。)
「春川さん、手…大丈夫?」
(ジンジンと痛む手。それを見て、エイ鮫が心配げな顔をした。私は何でもないように手を振った。)
「…大したことないよ。ここの床板、触った感じは強度がないように見えるけど、かなり硬いね。」
「表面は脆そうでも、中も同じかは分からないからね。」
「やはり、モノクマの罠でしたか…。とりあえず、もっと この部屋を調べましょう。」
(そうだ。”前回”…ここでゴフェル計画のレポートを見つけた。他の奴らが見つける前に、処分しないと…。)
(”前回” レポートを発見した辺りを見たが、何もない。他の場所も探したけれど、あのレポートを見つけることはできなかった。)
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【中庭】
「ハルマキちゃーん、キーボーイ!」
(中庭に出ると、タマがDIYメーカーの研究教室前で手招きしてきた。)
「ハルマキちゃんも、ここが怪しいって踏んでたんだね!その迷いない足取り…間違いないよ!」
「春川さんは、いつも迷いなく新しい場所を解放させてますからね!」
「ふーん?何でキーボーイが自慢げなの?ハルマキちゃんを姉か何かだと思ってるの?」
「いえ、ボク達に血縁関係はありません。」
「……。」
「何ですか?血の通ってないロボット…とでも言いたげですね?」
「何も言ってないのにー。でも、モノクマは妹とか子どもがいるって言ってたよ?キーボーイは一人っ子なの?天涯孤独なの?」
「ボクを作った市ヶ谷さんが亡くなった今…ボクの妹や弟ができる可能性は低いですね。」
「あ、じゃあ私と一緒!船で外国まで行った後、捨てられた私と同じ。天涯孤独 仲間だよ!」
「そんな壮絶な過去…ボクにはありませんが。」
「でもさ、イチモツちゃんはキーボーイを組み立てただけなんだよね?その製造元を辿れば、キミの”きょうだい”もいるかもしれないね。」
「…引っかかる言い方もありますが…そうですね。ボクを作り出した”親”が最初からボクのような高性能なAIを作れたとは思えません。」
「おそらく、試作機やボクの前身となるAIがいたはずですから…彼らは姉や兄と呼べる存在といえるでしょう。」
「そんな どーでもいいことより、ハルマキちゃん!最後の鍵が使える所、もう分かってるんだよね?」
「どーでもいいって、タマさん!キミが振った話題ですよ!」
「最後の鍵、どこに使うの?ハルマキちゃん?」
「……あの大きい建物の鍵穴が…ずっと気になってたからね。」
「え?そうだったんですか?」
(私は、”前回” エグイサル格納庫があった建物の分厚い扉の前に立った。モノクマから受け取った鍵を使うと、ドアから鍵が開く音がした。)
【サイバーパンクな中庭】
「何だかSFみたいな場所ですね。」
「……。」
(私は真っ直ぐ、エグイサル格納庫へ向かった。)
「もー、ハルマキちゃん待ってよー。そんなサッササッサ歩いて行かないでよー!」
(格納庫の前のシャッターで立ち止まると、後ろから駆け足で追って来ていたタマも止まった。)
「何これ?近未来ドア?どこでもシャッター?超かっこいい!」
「ありがとぅ!こだわってるからね、嬉しいよ。どっかの誰かさんが。」
「……この先に行かせたいんでしょ?…セキュリティがあるなら、早く解除して。」
「もー、いくら ここが嫌いだからって、ボクに当たらないの。ま、電子バリアと警報システムは切っておくよ。今回は必要ないしね。」
「……どうして?こんな厳重なセキュリティにしとくくらいなら、とっても大切なものを隠してるんじゃないの?」
「前は重要だったんだけどねー。今は全然 全くなんだよ。ハアア…。」
「……。」
「もう ここのセキュリティは、ずっと切っとこうかな。ただし、モーションセンサーがあるから人の出入りは記録するけどね。」
(モノクマはアラームや電子バリアを解除した後、立ち去った。)
【格納庫】
(格納庫内は、”前回”と全く変わらない。奥にトイレ、手前にプレス機や洗浄用の機器が並んでいる。そして…)
「うわー!何これ、かっこいー!!ロボットだ!ロボット!ほら、見て、キーボーイ!ロボットだよ!」
(今回は全く見ることがなかった、5体のエグイサルが並んでいる。)
「ボクもロボットなんですが…。」
「だって、おっきい方が かっこいいじゃん?『男は大きさ』っていうクソみたいな誤解もあるでしょ?」
「…どっちなんですか。」
「ロボットは大きいに限るよ!中に入って、中で出したりできるでしょ?ロボットパンチ。」
「中で出したり外で出したりできちゃうよ!このエグイサルは、戦闘ロボだからね!」
「……また来たの。」
「ねぇねぇ!モノクマ、エグイサル動くの?どうやって操作するの?操縦方法 教えてよー!」
「うぷぷ。もちろん動くよ。中のコックピットで操縦すれば、ね。教えなくても操縦できた経験者の前で恐縮ですが、ご教示しましょう!」
「……。」
(エグイサルに釘付けのタマとニヤニヤするモノクマを尻目に、私はプレス機に目をやった。)
(プレス機は上がっていて、そこには当然何もない。”前回”の被害者の死体も、血の一滴すら。)
(ここは…私の知る才囚学園と違う?)
(……いや、裁判が終わると死体が綺麗さっぱり消えて、元通りだった。『ダンガンロンパ』には、それができる。)
「…このプレス機は、どうやら生体認証の安全装置が付いているようですね。春川さん、すみませんが、ちょっとボクをーー…」
「潰れたくなかったら、止めときなよ。」
(キーボが言いそうなことに先回りして答えると、彼は しょんぼりと目を伏せた。)
「え?キーボーイ、ドキドキ スクラップ大作戦を決行したいの?」
「そんなこと言ってません!ボクは生体認証がボクに働くか確認したいだけです!」
「キミは生体反応がないんだから、スクラップ大作戦に変わりないんじゃない?」
「そんなこと、やってみなければ分かりませんよ!」
「タマ。あんた、エグイサルは もういいの?」
「んー、難しそうだから止めちゃった。ギターのFコードで挫折…な感じで、前進しかできなかったよ。」
(確かに、”前回”もエグイサルの操縦は複雑だった。私も前進くらいしか できなかったけど……”あいつ”は…違った。)
「せっかくアレで大量虐殺してみたかったのに。」
「た、大量虐殺!?」
「冗談だよー!私がそんなことするわけないでしょ?」
「キミは睡眠剤で みなさんを眠らせたり、宿舎を火事にしかけたりしてるので、やりかねません。」
(2人のやり取りを聞きながら元の道を戻るハメになった…。)
△back
【寄宿舎 春川の個室】
(地下は、”前回”と同じ…小細工なしで突破するのは不可能…。5階は開かないまま…。)
(首謀者は…5階にいるはず。5階に行く手段は……)
(あるとすれば…6階の研究教室。”前回”…”超高校級の宇宙飛行士”の研究教室があった…あの部屋。)
(………。)
…………
……
…
『キーン、コーン…カーン、コーン』
(朝のチャイムと共に、クローゼットを開ける。同時に、機械仕掛けの目と目が合った。)
「…春川さん。夜は きちんと寝た方がいいですよ。」
「分かってるよ。」
(着替えを済ませ、食堂に向かった。)
【校舎1階 食堂】
「春川さん、キーボ君、おはよう。」
「おはよう。」
「おはようございます!」
「おはよ。タマと羽成田は?」
「まだ来ていないね。羽成田君は意外と早起きのようだったけれど…珍しいな。」
「あ、そっか。パイロットだもんね。フライト時間によっては早起きなのかも。」
「夜遅いフライトもあると思うけどね。というか、まだ彼は仕事してないんじゃないかな。」
「念のため、呼びに行きましょうか?」
(キーボが言ったところで、校舎側の扉が開いた。)
「おはよー!」
「……。」
「あ、2人とも、おはよう。一緒だったんだね。」
「うん、ハネゾラちゃんとバッタバッタ出くわしてね!」
「バッタリの間違いかな?」
「……。」
(タマが元気な声で席に着く。羽成田も黙って座った。)
(いつも通りの、今までよりずっと静かな朝食は、すぐに終わった。)
【校舎1階 倉庫】
(朝食を終え、倉庫に来た。)
「春川さん、何か必要なものでも?」
「…軍手みたいなものがあればと思ったんだけどね。」
(拳の保護になりそうなものを探すが、見当たらない。そういえば…”前回” 軍手がなかったって話もあった。)
「軍手は見当たりませんね。園芸用品などは あるのに。」
(棚を1つ1つ確認し、包帯が置かれている棚を見つけた。その棚は、包帯や薬などが大量に置かれている。その間に不自然なスペースが空いていた。)
「現行犯逮捕!!」
「…は?何、急に現れて。」
「昨日、ここの薬を大量に持っていったのはオマエラかー!?」
「違うけど。」
「備品は みんなのもの!みんなのものはボクのもの!つまり、備品はボクのものなんだよ!」
「少しずつ分け合って使うならまだしも、独り占めなんて許さないぞ!」
「だから私じゃないんだけど。」
「あれ?そうなの?薬を全部 持っていったのはキミじゃないんだね!」
「……どうせ、持っていった奴、分かってるんでしょ。」
「そうですね。おそらくモノクマはカメラか何かでボクらを監視しているはずです。」
「うぷぷ。そうだね。春川さんは、どのようにボクが見てるかも分かってるもんね。」
「……。」
(やっぱり…モノクマは、私に”前回”の記憶があることを知っている。)
「え?どういうことですか?春川さん、またモノクマに事前に何か言われていたんですか?」
「何でも聞いて答えてくれると思うなよ!このヒト型ロボ!!」
「ヒト型ロボですが、それが何か!?」
(キーボが怒声を上げるのを心底 楽しそうに眺めた後、モノクマは その場を去った。)
【校舎1階 廊下】
「あれ、春川さん。」
(校舎1階の廊下、昨日 開いた扉の前にエイ鮫が立っていた。)
「春川さんも、わたしの研究教室に行くところ?一緒に行こうよ!」
(私は黙って頷いた。)
「あ、春川さんはエイ鮫さんの研究教室に向かっていたんですね。」
「興味 持ってもらえたのなら嬉しいよ!わたしも昨日は教室内を見るだけだったから、コンピュータやデバイスも触ってみようかと思って。」
「あ!で、でも、もちろん脱出の手掛かりも探すつもりだよ!」
「いいんじゃないの。ただの息抜きでも。」
「……春川さん…優しいなぁ。」
(……優しくなんてない。)
「キーボ。あんたは重いから、ここで待ってて。」
「え!?」
(キーボを階段の1段目に降ろすと、キーボが狼狽した声を上げる。)
「そうだね…。さすがの春川さんも、6階までキーボ君を連れて行くのは大変だよ。手乗りなのに重いんだもん。」
「…ぐっ。……分かりました。では、ここで待っています。できれば、早めに戻って来てください。」
(キーボを降ろし、だいぶ軽い肩でエイ鮫と階段を上った。)
【超高校級のVチューバーの研究教室】
(昨日と同じように研究教室の扉を開ける。その先には、先客がいた。)
「あれ、羽成田君?」
「ああ。テメーらか…。邪魔してるぞ。」
(羽成田が見ていたスクリーンから目を離し、こちらを向く。スクリーンの映像は すぐに変わった。)
「えっと…羽成田君、顔色 悪くない?…体調 悪いんじゃない?」
「ンなワケねーだろ。パイロットっつーのは体が資本なんだからよ。」
「そっか…。羽成田君も、この研究教室に興味あったんだね!すごいでしょ!最新機器ばっかりなんだよ!」
「ああ、みてーだな。」
「あんた、本当に機械 強いんだね。」
「あ?当たり前だろ。パイロットなんだから。大抵の機械は勘で適当に操作できる。」
「勘で適当に?この教室では絶対やめてね!?データ消したりしたら処すからね!」
「うるせーな。もう来ねーよ。出口や脱出の手掛かりねーか調べただけだ。」
(言って、羽成田は研究教室から出て行った。)
「さて、わたしは少し機械いじりしてるけど…春川さんは好きにしててね!」
(そう言って、エイ鮫は大きなスクリーンを向いて黙り込んだ。私は、色の違う床板の前へ移動した。)
(拳に包帯を巻いて、その板 目掛けて拳を落とす。けれど、返る反応は重い音と手の痛みだけだった。)
「え!?は、春川さん、また それ叩いたの!?」
(音に驚いたらしいエイ鮫が駆け寄って来て、私の手を取った。)
「ここは硬くて無理なんだよね?手、痛めちゃうよ。春川さんの綺麗な手に血が滲んだりしたら人類の損失だよ!」
「……。」
(エイ鮫がいない時に、また来よう…。)
【校舎1階 廊下】
(コンピューターに入っていたサンプル映像の編集をするというエイ鮫を置いて、私は1階まで降りて来た。)
「あ、春川さん。」
「ハルマキちゃん、おかえりー。」
(1階 階段の踊り場には、キーボだけでなくタマもいた。)
「さっきハネゾラちゃんも通ったよー。エイリオちゃんの研究教室、大人気だねー!」
「彼は少し顔色が悪いようでしたが…。」
「階段の昇り降りがキツかったんじゃない?」
「パイロットなのに…ですか?」
「キーボーイは疲れないからいいよね。ずっと誰かの肩に乗ってるだけでいいんだもん。」
(キーボが反論する前に、タマは「じゃーね」と その場から立ち去った。)
【寄宿舎 春川の個室】
「春川さん、そろそろボクを充電してください。」
(部屋に戻るなり、キーボが言った。そういえば…前の充電から もうすぐ1週間たつ。)
「学園が雪に覆われていた時は全く充電できませんでしたからね。ボクが1回の充電で1週間は動ける省エネ型で良かったです。」
(電気代が爆上がりする充電器だって言われてたけど…。)
(充電器をクローゼットに、その上にキーボをセットして、扉を閉める。)
(そして、いつも通り、私はドアの外に意識を向けながら、扉の前の椅子に腰掛けて目をつぶった。)