第×章 ◇と■。デッド・би・£и▼ 非日常編
(目を閉じて動かない木野さん。まるで眠っているだけで、声を掛ければ起き上がってきそうだ。)
(わたしは別荘内の彼女に近付き、そっと彼女の手を取った。脈は感じられない。それどころか、体温も感じられない。)
「木野さん…が、今回の被害者なんだね。」
(分かりきったこと。なぜか上手く動かない口で、そんな言葉を絞り出した瞬間、モノクマが現れた。)
「そう!では、張り切って捜査しましょう!」
(モノクマはモノクマファイルを全員に配る。死体となった木野さん以外の全員に。)
(みんな緊張した面持ちでファイルを眺めている。不安と悲しさと悔しさと絶望を内混ぜにしたような表情。けれど…)
(このステージでは…更なる絶望が待っている。それを、わたしは知っている。)
(だって、これは『ダンガンロンパ』の3章。被害者は2人になるはず。今は全員いるから…この捜査時間に被害者が出てしまうんだ。)
(……茶柱さん…みたいに…。)
(心臓が嫌な音を立てたのを無視して、わたしはモノクマファイルを開いた。)
(被害者は”超高校級の化学者” 木野 琴葉。死体発見現場は”大富豪の家”南側の別荘。死亡推定時刻は午前1時〜2時頃。首に絞殺跡のようなものがあるが、その他に目立った外傷はない。)
(また…死因が書いていない。)
コトダマゲット!【モノクマファイル】
「それじゃあ、共通の敵であるクロが現れたんだから、くだらない小競り合いは やめて、捜査に集中してね!」
「テメーがチーム分けとか変なルールを…って、消えやがった。」
(いつもの高笑いを残してモノクマが去った後、天海君が口を開いた。)
「とりあえず、もう相手チームと話してもいいってことっすね。…死体の第一発見者は誰っすか?」
「わたし達、Fチームの全員です。」
「全員?」
「はい!朝ごはんの時間になっても木野先パイが来なくて、部屋にもいないので探してたんです。」
「昨日も見マセンでしたから。」
「さすがに心配になってね。それで、全員で探してたら、ここで倒れていたのだよ。」
「死亡推定時刻は深夜になってるけど、確かFチームは夜は外に出られないって話だよね。」
「ええ。暗い中、外に出てはいけない。そうモノクマに言われていました。」
「えっと…じゃあ、どうして木野さんは”大富豪の家”から離れた別荘にいたの?」
「Bチームの誰かが殺した木野を移動させマシタか?」
「無理だよ!あたし達Bチームは別荘の鍵 持ってないし、”大富豪の家”にも入れなかったんだから。」
「そうだね。この別荘の鍵は”大富豪の家”の玄関にあって、玄関は常に鍵を掛けてたんだよね?」
「木野を見つけた時は鍵が掛かってなかったな。」
「”大富豪の家”にスペアキー1つしか残されていなかったからね。まさかと思い、ここに来たのさ。」
「スペアキー?松井君、話を詳しく聞かせてくれるっすか?」
(天海君と松井君が捜査を始めたのを確認して、みんなも各々 動き出す。)
「お姉ちゃん。絶対、犯人を見つけよう。」
(妹尾さんが、わたしの腕に すがりついてきた。その表情は、とても不安げだった。)
「……今回のホームズの助手は妹子みたいだね。」
「哀染君。お世辞にしても、それは本当に畏れ多いから。わたしなんて探偵小説に登場できても、ただの馬だから。」
「そっか、頑張ってね。じゃあ、光太クン。一緒に捜査しようか。」
「はい!喜んで!!」
(わたしの反論は、笑顔で一蹴りして、哀染君はクラスメイトと歩いて行った。)
「つむぎお姉ちゃん、どこから調べようか?」
「まずは、死体と別荘内だね。」
(壁に もたれるように倒れた死体。争った形跡は見られない。)
「木野お姉ちゃん…。本当に死んでるの?」
「うん。とても綺麗な死体だよね。血もないし、苦しんだ様子もない。」
(まるでエンゼルケアやら死化粧やらが終わった後みたい。けれど…)
「首に太めのヒモ跡があるね。」
「え?ほ、本当だ!真っ赤になってる!じゃあ、お姉ちゃんは絞殺されたのかな?」
「そうは言い切れないと思うよ。絞殺にしては死体の状態が綺麗すぎるし、首に吉川線もないし。」
「吉川線?」
「あ…。えっと……首を絞められて苦しい時、抵抗するでしょ?その時、首に被害者の爪の跡が残ることが多いんだ。」
「そうなんだ!つむぎお姉ちゃん、すごい!ムチムチ女デカみたい!」
「ムチムチは余計だよ…。」
「でも、首を絞められたんじゃないなら、木野お姉ちゃんは どうして…?」
「パッと思い浮かぶのは、毒とかガスとか薬物の過剰摂取かな。」
「あ!木野お姉ちゃんは怪しい薬品いっぱい持ってたよね。」
「うん。でも…それは木野さん自身が管理してたんだよね。Fチームの宿舎は鍵があったのに、そんなに簡単に持ち出せるかな。」
「じゃあ毒は?毒ガスとか!」
「建物内に毒ガスが撒かれたとしても、窓があるから、窓を開ければ死ぬことにはならないよ。」
「毒を飲んだとしたら、毒が どこから出てきたかって話になるけど…。」
「あ!モノクマが渡すって言ってた毒じゃない?」
「え?」
「ほら、閉じ込められた次の日の朝!モノクマが言ってたじゃん!『先着1名に毒をプレゼント』って!」
(知らない…。このシリーズに加わった記憶は、初回の動機発表からだ。)
「その毒って、どんなものだったのかな?」
「さあ?詳しくは教えてくれなかったから。お姉ちゃんも その場にいたでしょ?」
「……あ、そっか。つむぎお姉ちゃんって記憶なくなりやすい体質なんだよね。哀染お兄ちゃんが言ってた通り。可愛いー!」
(……変なキャラ付けをされてる。)
「大丈夫!お姉ちゃんの代わりに、あたしが覚えておくから!死体の状態は綺麗。でも、首を強い力で絞め上げられてる。って、ね?」
「…うん。ありがとう。」
コトダマゲット!【死体の状態】
「木野さんの持ち物は…モノパッドと部屋の鍵…あと、この別荘の鍵だね。」
「あ、本当だ。木野お姉ちゃんの手に鍵の金箔が付いちゃってる。」
「相変わらず、剥がれやすいみたいだね。」
(被害者の左手の親指と人差し指に金箔が付いてキラキラしている。輝く金箔が わたしの指にも移った。)
「木野お姉ちゃんは自分で別荘まで来たのかな?」
「多分…。木野さんが鍵を開けたってことだもんね。」
(でも…木野さんって、確か……。)
(違和感を感じながら、わたしは木野さんの左手を眺め続けた。)
コトダマゲット!【別荘の鍵】
△back
「死体周辺も見ておこうか。」
(木野さんが もたれてる壁の上には窓がはめられていて、外側に開いている。)
「これ、昨日モノクマが開くようにしたっていう窓だよね。」
「うん。そう言ってたよね。えっと、あれ?閉めるの難しいね。んん…あ、閉まった。」
「…本当だ。何で、こんな、難しいんだ、ろ?あ、開いた。」
(跳ね上げ式の窓は閉めにくいし開けにくい。解錠部の取手を引いて、もう片方の手で窓全体を押さなければ開けられないようだ。)
(妹尾さんが右手で取手を引き解錠しながら左手で窓を押し開けた。ーーといっても、45度 開いただけ。拳1つ分くらいの隙間しかない。)
「その窓、開けます難しい。前はクマゴロシ…ハメゴロシでした。」
「昨日、モノクマが開けられるようにした窓…事件が起こると分かっていたのでしょうか。」
(わたし達が窓と格闘していると、ローズさんと山門さんが近付いてきた。)
「この窓、殺人に使われマシタ。だからモノクマは窓を作りマシタ。」
「殺人に使うって?」
「窓のスキマからロープを首に巻き付けてクビリコロス!必殺シオキニンです!」
「さすがに…跳ね上げ式の窓じゃ無理だと思うよ。開けると同時に首が絞まる仕掛けとかだとしても、中からしか開けられないみたいだし。」
「……。」
「山門お姉ちゃん、何 見てるの?」
「あ…。窓に金箔が付着しているんです。」
「あ。本当だ。」
「金箔、キノの手にも付いていマシタ。キノが窓を開けマシタ?」
(確かに、窓に左手の親指と人差し指状に金箔が付いている。けれど……)
(金箔の指の跡…指紋がない。)
コトダマゲット!【別荘の窓】
「木野さん、昨日は部屋から出てこなかったんだよね?」
「そうデス!ヒッキーです!ゲンダイのヤミ!」
「昨日あたし達が部屋の前で騒いでても出てきてくれなかったよね?」
「Fチームみんな、誰も木野さんを見てないの?」
「そうデスネ!昨日の朝ゴハンも来ませんデシタ!」
「最後に見たのは一昨日の夕食の時かな?」
「あ…一昨日の夕食後、わたしの部屋に来られました。」
「そうなんだ。」
「何の話をしたの?」
「……。」
「ヤマト先生?」
「いえ…特に、何も。木野さんの研究について、いくつか教えてもらっただけですよ。」
「そっか。」
(捜査を続ける彼女たちから離れて、改めて別荘内を見回す。と、前はなかったものが部屋の隅に転がっていた。)
「ひゃっ!つむぎお姉ちゃん!ヘビがいるよ!!」
「ちょ、妹尾さんっ。ヘビ以上に絡みついてこないでくれるかなっ。それ、人形だよ。」
「え?あ…本当だ。」
「前のステージの鉱山にいたヘビの人形だね。」
「ヘビだぁ!?どわっ!テメー、鷲掴んでんじゃねぇ!」
(わたし達の声に反応したのか、入り口 近くにいた郷田君が弾丸のように駆けてきて、わたしが掴み上げていた細長い人形を はたき落とした。)
「郷田さん、落ち着いて。前のステージにあった人形だよ。」
「何で、ンなモンここにあんだよ!?」
「木野お姉ちゃんが持ってきてたのかな?」
「犯人が持ってきた可能性もあるけどね。」
「えっと、じゃあ、これは…ヘビの抜け殻とか?」
(ヘビの人形の他に木野さんの近くに落ちている透明なもの。それを見下ろしながら わたしが言うと、郷田君が顔を しかめた。)
「クソッ、気持ちわりーな。」
「……。」
「佐藤君?」
(佐藤君が難しい顔をして、ヘビの脱皮跡のような透明なものに近付いた。わたしも彼と同じく、しゃがんで それに顔を近付けると、彼はボソリと呟いた。)
「これは、木野さんのものだよ。」
「木野さんの?」
「うん。彼女は実験のために手に特殊な被膜を付けてたんだ。右手に付けてたものが取れたんだね。」
「そうなんだ?」
「簡単に取れるものじゃないから…木野さんが自分で取ったんだと思うよ。」
コトダマゲット!【ヘビの人形】【脱皮跡のような皮】
「ちょっと、佐藤お兄ちゃん!近いよ!つむぎお姉ちゃんから離れて!!何コソコソ話してるの?」
「木野さんの脱皮について…かな。」
「木野お姉ちゃんって脱皮するんだ。知らなかった。脱皮してスクスク成長しようとしてたのかな…。」
「おい!ヘビみてーに言ってやんじゃねーよ!」
「木野さん、昨日は姿を見せなかったんだよね?」
「ああ。昨日の朝もメシに来なかった。部屋の前に行ったが、物音はしても返事はなかったな。」
「彼女は実験に集中してると周囲の物音が全く聞こえなくなるからね。」
「あたし達が昨日のお昼…木野お姉ちゃんの部屋まで行った時も、ガチャガチャ音はしてたけど、出て来てくれなかったよ。」
「ああ、白銀さんと妹尾さんが”大富豪の家”に入った時だね。」
「え、ジロジロあたし達を見てたの?」
「僕は広場にいたから、みんなの動向が見えてたんだよ。その時、キミ達2人と前谷さん、木野さん以外は全員 外にいたね。」
「前谷君は”大富豪の家”にいて、わたし達を入れてくれたんだ。”大富豪の家”にいたのは、わたし達4人だけだったんだね。」
コトダマゲット!【佐藤の証言】
「じゃあ、やっぱり…木野さんは全然みんなの前に出てこなかったんだね。」
「ああ、昨日1日な。けど、さすがに今朝も食わねーのが気になってな。」
「……郷田さんにしては、心配して介入するタイミングが遅かったんだね?」
「……悪いかよ。」
「ううん。前回、祝里さんを元気づけようとして余計なことをしたから反省したんでしょ?」
「…喧嘩 売ってんのか?」
「……。」
「ちょ、ちょっと。今はケンカしてる場合じゃないよ。」
「そうだよ!お姉ちゃんの言う通り!」
「チッ…。」
(青筋を浮かべて右手を上げた郷田君を制したところ、佐藤君は悲しげな笑顔を作った。)
「…同じFチームの人たちが しっかり見てくれていたら、木野さんは死ななかったかもしれない。残念だよ。」
「……。」
「……佐藤君。」
「でも、死んじゃったものは仕方ないよね。郷田さん、色々 見て回りたいんだけど、いいかな?」
「……ああ。」
(佐藤君は「じゃあ」と こちらに笑いかけてから、郷田君と共に別荘内の調査を再開した。)
「佐藤お兄ちゃん…。クラスメイトの木野お姉ちゃんを殺されて悲しいんだね…。」
(わたしには罪悪感を煽って自分の要求を呑ませたように見えたけど。)
△back
(だいたい別荘の中は調べられた。)
「これから どうしようか?あたし達も、色んなところ見た方がいいよね?」
「うん。一応、別荘の周辺と木野さんの部屋も調べておこうか。」
【西エリア 別荘前】
「白銀さん、妹尾さん。」
(別荘を出て周辺を見ていると、天海君に呼び掛けられた。)
「こちらに来たまえ。」
(松井君も顔を覗かせて手招きしている。その先は、木野さんが もたれていた壁の裏側だった。さっき格闘した窓の前で天海君と松井君が何かを見ていた。)
「お兄ちゃん達、ヌルヌル何を見てたの?」
「だから、ヌルヌルはしていない。これだよ。」
「あれ、どこかで見たような…。」
「道具屋にあった茶筒だね。」
(一昨日、道具屋で見た茶筒が、ちょうど窓の下に落ちている。)
(フタの深い黒い茶筒だ。フタで飲むタイプの水筒に似ている。開けると、液体が入っていたのか濡れていた。)
「一昨日、俺と白銀さんが話した時は道具屋にあったっすよね。」
「あれ、でも…昨日、つむぎお姉ちゃんと道具屋 見た時はなかったよね。」
「うん。なくなってるって思ってたんだよね。」
「お姉ちゃんはジロジロ間違い探しとか得意なんだね!すごいな!」
「……。」
「あれ、茶筒のフタにも金箔が付いてる。」
「ホゥ。小さいし擦れてるが…左手の親指と人差し指の跡だね。」
「木野お姉ちゃんの左手にも金箔 付いてたよ。」
「少し擦れてるのは、ひねってフタを開けたからでしょうね。」
(フタに左手の跡…左手でフタを開けたってことだよね。)
コトダマゲット!【窓の外の茶筒】
△back
【西エリア 大富豪の家】
「木野さんの部屋も見ておこうか。」
(妹尾さんと共に大富豪の家まで来た。昨日まで閉ざされていた扉は簡単に開いた。)
「あらぁ。白銀さん。」
「この家の探索?捜索?」
「うん。木野さんの部屋も見ておこうと思って。」
「そう。私たちは、ほとんど この家に入ってなかったから、ねぇ。」
「そっか。2人は初めの日と動機発表の日しか、ここに来てないもんね。」
「……何か手掛かりはあった?」
「特筆する手掛かり何もなし。持ち運びできる灯りもなし。」
「灯り?」
「Fチームには、夜 外に出ちゃいけないってルールがあったでしょ?それは厳密に言うと『足元が暗い時間は出ちゃいけない』だったらしいのよねぇ。」
「モノクマが言っていた。だから灯りを持ち出せれば木野さんも犯人も外に出られたはず。でも、このステージに持ち出せるような灯りはない。」
「灯りは全部 固定されてるのよ。」
「そっか。でも、前のステージから持ってきたのかもよ?」
「もしかしたら木野さんの部屋に手掛かりがあるかもしれないよ。わたし達、彼女の部屋の鍵 持ってきてるから、行こうか。」
「あらぁ。じゃあ、みんなで行きましょう。」
(みんなと2階への階段を登った。)
【西エリア 大富豪の家 木野の個室】
(木野さんの部屋の前に来た。鍵穴に鍵を差して部屋に入る。)
「何かしら。この匂い。」
(ツンと鼻を刺激する匂い。昨日の昼に廊下に立ち込めていた匂いと同じ。)
「昨日は木野お姉ちゃん、出てきてくれなかったんだよね。」
「あらぁ。白銀さん達も木野さんの姿を見てないのかしら?お話もしていないの?」
「うん。実験してるっぽい音はしてたんだけどね。」
「……。」
「夕神音さん?」
「モノクマファイルって時間しか書いてないのよねぇ…。」
「そうだね。死亡推定時刻は深夜になってるよ。」
「……。」
(考え込んでいるのか、夕神音さんが返事をしなくなったので、わたし達は被害者の部屋を調べ始めた。)
「…白銀サン。」
「どうしたの?」
(ふと、ぽぴぃ君が声色を落として開いた机の引き出しを指差した。そこにあったのは、黒っぽいハンカチだった。)
「木野さんのハンカチかな。」
「よく見て よく見て。ボクの目よりキミ達の目の方が信じられる。」
(ぽぴぃ君に促されてよく見ると、黒いハンカチではなく、赤いハンカチ全体を黒いシミが染め上げていることが分かった。これは…)
「……血痕だね。」
「え?」
「やっぱり…。でも、どうして血痕?分からない。木野さんケガしていなかったはず。」
「そうだよね。ハンカチ全部を染めるようなケガ…死体にもなかったし…。」
「他の人も、ケガをした人なんていないよね?」
「木野さん、もしかして病気だった?」
「……。」
(『V3』で血を吐いた”クラスメイト”が脳裏に浮かぶ。)
「お姉ちゃん?」
「……何でもないよ。」
(だから、”クラスメイト”じゃないってば。あの病気だって、わたしが設定したんだから。)
「ハンカチに血を吐いたというよりは、血を拭いたような血の付き方じゃないかな。擦れた跡があるし。」
コトダマゲット!【血の付いたハンカチ】
「あ、この便箋。前谷お兄ちゃんからもらった手紙のやつだ。」
(妹尾さんが他の段の引き出しを開けて、便箋を取り出した。厚めでシンプルながら上質な紙質の便箋だ。)
「あたし達の宿舎には紙もなかったのに。ポエム書くのにもらっとこう。お姉ちゃんも、はい。」
「え?」
「これでロマンチックなラブレター、書いてね!」
(妹尾さんは可愛らしく笑って数枚の便箋を寄越してきた。わたしは仕方なく、それを四つ折りにしてポケットにしまった。)
「それにしても、この匂い。どこか懐かしい香り。」
「えっ。おばあちゃん家が こんなツンツンの匂いだったら嫌だなぁ。」
「あ、でも。わたしも、どこかで嗅いだ匂いだって思ったんだよね。昨日も そう思ったんだ。」
「え?お姉ちゃんも?じゃあ、あたしも!」
「うーん…どこで嗅いだ匂いだろう?鼻がツンとする感覚。」
【西エリア 大富豪の家前】
(もう少し中を調べるという夕神音さん達と別れ、”大富豪の家”を後にした。外に出ると、家の前を流れる小川付近に妹尾さんのクラスメイトが立っていた。)
「哀染お兄ちゃん?1人?」
「あ、妹子、つむぎ。そこに光太クンもいるよ。」
(彼の目線の下は川。その水の底に大きな影が見えた。)
「えっ…!?前谷君…沈んで?…死んでる?」
(思わず口走ったところで、水の底に沈んでいた大きな体が水面まで浮上してきた。ザバーと大きな音を立てて。)
「妹尾先パイ!捜査は どうですか!?」
「…前谷お兄ちゃん、何してるの?」
「潜水です!」
「潜水?」
「川に何らかの変化がないか観察していたんです!」
「狭いステージだからね。犯人が証拠を川に捨てたかもしれないと思って見ていたんだけど、光太クンが水に入って確かめると言ってくれたんだ。」
「ごめんね、光太クン。言い出しっぺのボクが入らなくて。」
「先輩を濡らすわけにはいきませんから!!アマゾン川に比べれば、こんな川!アマゾン川に潜ったことはありませんが!!」
「えーと…それで、何かあった?」
「いいえ!澄んだ川にはチリひとつ見当たりません!小魚1匹 見当たりません!!」
「なーんだ。この川、グルグル廻ってるだけだから、汚れたら すぐ分かりそうなのに。」
「モノクマが汚れても循環システムで綺麗になるって言ってたよ。でも、もし証拠が捨てられてたら…どうなるんだろう。」
「分子レベルで分解されて循環されるのかな。」
「えー。それじゃあ、犯人 分かんなくなっちゃうじゃん!」
「というか、自分も分子レベルで分解されたら困ります!!」
(前谷君が慌てた様子で川から這い出てきた。)
(さすがに、犯人探しに必要な証拠が消えるようなことはしないと思う。)
コトダマゲット!【川の循環システム】
△back
『時間になりました!オマエラ、恒例のハーブティータイムだよ!”大富豪の家”の大広間に集まってください!』
「……。」
「ハーブティーの時間…恒例になったんだね。」
【西エリア 大富豪の家 応接間】
(アナウンスにあった応接間に到着すると、すごい勢いで左手を動かす松井君の姿があった。近くに天海君、哀染君、前谷君の姿もある。)
「松井君、何してるの?」
「お茶の前にテーブルを拭いているのだよ。見ての通り。」
「手が高速すぎて見えないよ。」
「やはり備え付けの布巾1枚では足りない。前谷君、僕の掃除用具を返してくれないかな?ついでに、着替えてきたら どうかね?」
「そうだね。光太クンは川に入ったから。」
「はい!自分の部屋に行ってきます!」
(声を掛けられた前谷君が2階に駆け上がっていく。)
「松井君の掃除用具…全部 前谷君が持ってるんすか?」
「ああ。昨日ちょっとした事件が起こってね。僕は今ぞうきん1枚しか持っていないのだよ。」
「事件って?」
「筋肉ダルマが夕飯のスープを ぶちまけたんだよ。」
(違う方向からの返答。振り向くと、郷田君と佐藤君が手にハーブティーや砂糖、ハチミツ、ジャムを抱えている。)
「この家には、お茶のセットがなかったから、Bチームの宿屋から持ってきたよ。」
「ありがとう。ここみ、毅クン。」
「チッ…。めんどくせーから、いちいち礼 言うな。」
「昨日の夕飯の時から松井君の掃除道具は前谷君の部屋にあったってことっすよね?」
「ああ。この屋敷はシーツもタオルも各部屋の分しかないからね。それらを使うこともできなかったよ。」
「そうなんです!松井先輩の命の次に大切な掃除用具を借りるしかなくて!!自分が お預かりして部屋に干していました!!」
(着替えてきたのか湿気がなくなっている前谷君が、手いっぱいのタオルやら ぞうきんやらを抱えて現れた。)
「ずいぶん たくさんのスープを溢したんだね…。」
「不幸な事故でした。『ご飯ですよ』の自分の声に驚いた山門先パイが本を落とし、それに滑った郷田先輩が放り投げたコップをキャッチしたローズ先パイ…」
「…と自分の肩がぶつかってスープが溢れたんです。」
「ピタゴラスイッチみたいだね。」
「いや、ローズさんと前谷君の肩は触れるか触れないか程度だったから、前谷君が鍋を落としただけだよ。」
「いえ!あれは不幸な連鎖の末の事故ですよ!!」
(そんな やり取りを眺めている間に、応接間に人が集まってきた。)
「お姉ちゃん。ハーブティーの準備、一緒にしよ!」
「自分も運ぶの手伝います!!」
「僕も手を洗うよ。」
(松井君と前谷君に案内されて”大富豪の家”のキッチンらしき場所に入る。)
「Bチームと違って、広くて綺麗だね。ティーカップとかポットとかも高級だし。」
「でも、調味料とかはBチームの方が充実してるんだね。」
「は、はい。食事は気が付いたら用意されていて、調味料を使うこともないからかと…。」
「前のステージと同じく、夜時間は封鎖されるから、夜食など用意できないのは不便だがね。」
「夜時間キッチン封鎖なのはBチームもFチームも一緒なんだね。」
(そんな話をしながら無駄に装飾の多いヤカンでお湯を沸かした。16人分のカップとハーブティーのポットを前谷君の持つ盆に預けて、また応接間に戻る。)
「みなさん。お茶の用意、ありがとうございます。」
「ヨキニハカラエ。」
「ボクは、今日はロシアンティーな気分。」
「あたしもー!」
「妹子は いつもジャムを入れてるよね。」
「私も今日はジャムにしてみようかしら。」
「自分は砂糖でいただきます!哀染先輩は砂糖1.5杯ですよね?どうぞ、砂糖です!」
「ありがとう。……何で知ってるの?」
「郷田君、席を代わってくれないかね?」
「ああ?またかよ?」
「端の席の方が落ち着くからさ。」
「テメーは いつも端にいんな。」
「可愛くないスミッコグラシですね。」
「失礼だね。実は、僕は甘党なのだよ?」
「甘党だからといって可愛くはならない。これ不思議。」
「……。」
(みんながカップを取って各々ティータイムを楽しみ始める。まるで、これから裁判なんてないみたいな雰囲気だ。)
(ーーいや、みんな緊張や不安を押し隠して平静を装っているだけだ。わたしは緊張した右手でハチミツ入りのハーブティーを作って恐る恐る口を付けた。)
(コクリと嚥下して、息を吐く。)
「……。」
(ーー大丈夫だ。生きてる。)
(……これは3章だから…裁判までに死体が もう1つ出る。捜査中に出なかったのなら、このお茶会で。)
「ボストンでもない茶会事件ってね!」
「うわぁ!?」
「さて、ハーブティータイムは楽しんだかな?もっともーっと楽しい学級裁判のお時間です!」
「え!?」
「カタコンベに集まってください!」
「カタコンベ?」
「教会の地下…ということでしょうね。地下に繋がる場所はなかったはずですが…。」
「作ったんだよ。オマエラのためにね。」
「……とにかく、行きましょう。」
【中央エリア 教会】
(教会に入ると、いつの間にか地下に続く扉が現れていた。わたし達は“全員”、扉から地下に向かった。)
「白銀さん。」
「何?」
(不意に天海君が後ろから声を掛けてきたので振り返る。)
「……。」
「天海君?」
「……。」
「……今回も、頼んだっす。」
(彼は何かを言い掛けて、止めたらしい。明らかに違うことを言いたげな顔をしていたが、それが何なのかは分からなかった。)
(やがて、エレベーターホールに辿り着いた わたし達は、エレベーターに乗り込んだ。)
(乗っているのは、12人。才囚学園より人数の減り方が緩やかだ。才囚学園でも他の『ダンガンロンパ』でも…3章は被害者2人だったはず。)
(それなのに、捜査中に誰も死ぬことはなかった。)
(これは本当に…『ダンガンロンパ』なの?)
(どうして わたしは…もう1人 死ななかったことに安堵しているの?)
(……それに…今回の動機は、昨日の時点でなくなっていた。今回の事件に、どう動機が関係してくるんだろう。)
(ーー『ダンガンロンパ』が終わったと思った。でも、わたしは今、ここにいる。)
(それは、視聴者が まだ『ダンガンロンパ』を求めているということ。『ダンガンロンパ』の希望を見たいということ。)
(わたしの仕事は、そんな人たちを楽しませること…。わたしの全てを懸けて、楽しめるものにしなきゃいけない。)
(……この、命懸けの学級裁判を。)
コトダマリスト
被害者は”超高校級の化学者” 木野 琴葉。死体発見現場は”大富豪の家”南側の別荘。死亡推定時刻は午前1時〜2時頃。首に絞殺跡のようなものがあるが、その他に目立った外傷はない。
死体の首には太いヒモ状のもので絞められた跡があるが、被害者の抵抗の痕跡はない。左手の指に金箔が付いている。
別荘の鍵は”大富豪の家”の玄関に掛けられていた。事件前夜にモノクマによってスペアキーが作られた。金箔が剥がれやすい。
別荘の窓は はめ殺しだったが、モノクマによって開くように変えられた。跳ね上げ式で45°外側に開けられるようになっている。取手を引きながら窓部分を押して開けなければならないため、開けにくく閉めにくい。窓部分に左手指の金箔跡があるが、指紋はない。
死体発見現場である別荘の部屋に落ちていた。前のステージの鉱山にいたヘビの人形と思われる。
別荘内の死体の近くに落ちていた透明な物体。佐藤によると、木野が手に着けていた特殊被膜だそう。
別荘の外側の窓の下辺りに落ちていたフタ部分が深い黒い茶筒。事件前は道具屋にあった。中は濡れていて、液体が入っていたと思われる。
茶筒のフタには金箔の手の跡が付着している。金箔の付いた手で開けたような、左手の親指と人差し指の擦れた跡が残っていた。
被害者である木野の部屋の机の引き出しから発見された、血を拭き取ったようなハンカチ。血の色は変色していて、血が付いてから時間が経過していると思われる。
事件発覚前日の昼、白銀と妹尾が”大富豪の家”を訪れた時、白銀、妹尾、木野、前谷 以外の全員は外を探索していた。
“大富豪の家”や別荘周辺をグルリと廻る川には、最新の循環システムが使用されている。水が汚染されても、川の流れによって水質は美しく保たれる。
学級裁判編へ続く