テレビやマンガなど、特にフィクションの世界では、キャラクターを引き立たせるための話し方をさせる場合があります。
お嬢様が「ご機嫌よう」「おあいにく様」、武士や古風なキャラが「さらば」「拙者」のように言うなど。
これらの起源はどこにあるのでしょうか?
地域方言と社会方言・位相語とは
方言というと、関西弁や博多弁など地域の方言を思い浮かべることが多いですが、その他「でごさる」や女言葉の「だわ」なども方言に分類されます。
地域方言と社会方言
方言には地域方言と社会方言があります。
地域方言とは、地域の違いによる言語体系のこと。
社会方言とは、 社会的属性の違いによる言語の違い をいいます。
つまり、男女差や年齢差、職業差、階層差による言葉遣いの違いのこと。
社会方言のうち、「お嬢様のもの」「博士のもの」といったステレオタイプなイメージの強い言葉遣いを、役割語と呼ぶこともあります。
位相語
位相語とは、社会方言の国語学的な呼び方。
同じ内容でも話す人の所属する集団や発話のシーンにより違う言葉を使うことを位相といいます。
ある特別な集団によって話される語が、位相語です。
お嬢様キャラクターのセリフはなぜ「ですわ」?
アニメや漫画に登場する典型的なお嬢様キャラクターは、なぜ語尾に「ですわ」と付けるのでしょうか。
「ですわ」=お嬢様のルーツ
「ですわ」は助詞の「です」と女性言葉の「わ」が重なったもの。
「~わ」が、女性語として定着し始めるのは明治時代。
近代教育制度の中、東京を中心に開設された女学校で「よろしくてよ」「だわ」などの表現が形成されていきました。
これらは当時、「下品」とみなされていたそうです。
その後、戦前には女学生や都市部の教養ある女性の言葉遣いとして定着。
女学生といえば華族や富裕層の子女であった時代。
彼女たちの言葉=お嬢様言葉というイメージになりました。
日常会話のジェンダーレス化が進んだ今もなお、漫画やアニメなどのメディアにより典型的なお嬢様キャラクターの言葉遣いとしてのイメージは残っています。
社会方言ではなく地域方言の例
以下の文章を読んでみましょう。
A「あれ、Bさん。」
B「何ですの?」
A「これ、ハンカチ落としましたよ。」
B「あら、どうも。助かりましたわ。」
A「いえいえ。Bさんどこへ行くんですか。」
B「それが道に迷ってしまったんですわ。地図を見てもよく分からないんですわ。」
A「ああ、駅に行くんですね。あっちの道ですよ。」
B「え、ホンマに!?おおきに、助かりましたわ、Aさん!」
さて、これはAさんとお嬢様の会話…ではないですね。
2019年頃にツイッターで、「文字だけ見ると、お嬢様と関西弁の話し言葉がソックリ」というものが話題になりました。
なぜ中国人がアルアルいう?その起源と由来
これも不思議な中国人キャラクターが「~アル」いうイメージ。
漫画やアニメのキャラクターでは多いですね
語尾に「ある」を付けるキャラクターは本当にたくさん登場します。
しかも、決まってチャイナ服を着た中国人(っぽい)キャラクターです。
中国人は本当に「あるある」言うの?
結論から言えば、中国語圏の人たちが日本で日本語を学んでも、語尾に「アル」が付くことはありません。
そして、中国語の語尾に同じ音が必ず付くという文法的なこともありません。
さらに、前述した漫画ののキャラクターたちは、外国語版では他のキャラクターと同じ話し方をします。
語尾が「ある」の中国人は、日本人のみが共通して持つイメージです。
開国後まもなくの外国人言葉
なぜ、「ある」と言わないはずの中国人を「あるある」キャラにするのか。
その謎は、明治の開国直後まで遡ります。
当時、日本に来る外国人は激増。
しかし、通訳の数もそう多くはなく、日本語を教える体制もしっかりは整っていませんでした。
それでも、日常会話や貿易の仕事はあるわけです。
そこで生まれたのが、とりあえず通じる日本語でした。
例えば、「です。」「います。」「あります。」「いました。」「ありました。」を、とりあえず「あります。」と紹介。
→「あります。」
中国人だけでなく、アメリカ人もフランス人もイギリス人もドイツ人も、このとりあえずの日本語を使っていたのです。
そのため、以下のような不思議な日本語が話されていたそうです。
「昨日、犬があります。」
「かわいいあります。」
「この砂糖、おいしいありますか。」
この外国人の「ありますあります」言葉が、時を経て「あるある」言う中国人のイメージになったとされています。
博士キャラクターはなぜおじいさんで「~じゃ」と話す?
アニメや学習漫画などに登場する博士。
なぜみんな一様におじいさんで、「~じゃ」「~だわい」という語尾を付けるのでしょうか。
博士言葉は関西弁だった?
さて、アニメや漫画に登場する博士の言葉とはどのようなものでしょうか。
ここで特筆すべきは、博士言葉の一部は、西の地域方言に似ているということです。
江戸時代、文化の中心が西から江戸に移った頃。
江戸の言葉の方が、西の言葉よりも「粋」と若者たちは江戸言葉を使うようになっていきます。
しかし、若者の間で流行る言葉はいつの時代も年配者から嫌がられるもの。
関西の老人たちは、そのまま関西弁を使用していました。
つまり、伝統の言葉を大切にする人=関西弁を話す人=老人という図式。
これにより、歌舞伎で「老人=関西弁で話す」という、分かりやすいセリフ回しに生かされました。
さて、以下のような文章を見てみましょう。
ステレオタイプな博士像はおじいさん
博士は、孫が泣きじゃくるのを、黙って隣で聞いていた。
「お父さん…お父さん…。」
亡き父の面影を求めて縋ってくる幼い孫娘を抱き寄せる。
「お父さんは天国に行ったんじゃ。」
孫の頭をぐしゃぐしゃに撫でて、大丈夫、と言い聞かせた。
「けど、わしは偉い博士じゃからな。お父さんも呼び戻してやるぞい。」
「本当?」
大丈夫。医学的に難しいことではない。細胞ひとつあれば、息子と同じ人間をつくり出すことは可能なのだ。
彼女は絶望のフチで、ニヤリと笑った。
「おばあちゃん、お顔が怖いよ…。」
孫が心細そうに呟いた。
どうでしょうか?
最後の3行で「あれ?」と思った人は、「博士」と「話し方」のステレオタイプから、おじいちゃんだと思って読んでいた人でしょう。
実際は博士と呼ばれる人には女性も大勢いるし、方言などで「わし」「~じゃ」という話し方をする女性もいます。
博士を「博士号を持つ人」と仮定するなら、日本では最も若くて27歳から博士と呼べます。
しかし、私たちは、博士という言葉ひとつで、年配の男性を思い浮かべるのです。
武士・侍言葉は現代人も使ってる?
社会方言、位相語の研究として最も代表的なのは、武士の言葉です。
そんな戦乱期~武家社会で生まれた言葉は、現代にも残っています。
詳しくはこちら↓↓
侍や武士の言葉・文化由来の日本語|武士が起源・語源の言葉とは?
日本語は社会方言・役割語によるステレオタイプが強い言葉
紹介してきた通り、日本では職業と話し方へのステレオタイプが固まっています。
「この話し方だからこんな人だ!」とイメージがされやすいのです。
セリフだけでも、漫画の吹き出しだけでも誰が話しているのか分かる言語というのは、世界的に見てもそう多くはないはずです。
これらは表現方法が多様であるという素晴らしい点もありますが、一方でデメリットも存在します。
例えば、「女らしく」「男らしく」といった個性を性別でくくって表現を抑制しようとする人も中にはいるでしょう。
男性が「だわ」「よ」と言うことで極端に不快感を持つ人もいます。
これでは、せっかくある多様性が多様性らしさを発揮できずに、軋轢を生むばかり。
全ての表現にステレオタイプの押し付けがなくなれば、より日本語は文化的な成長を遂げられるのではないでしょうか。
前回記事:「日本」「Japan」の語源・由来とは?いつから国号「日本」なの?日本の起源は神話?
次回記事:「こんにちは」と「こんにちわ」どちらが正しい?手紙のあいさつの意味とは?挨拶の語源と由来